金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 29 - 30


(29)
 「アキラ君の金魚の到着〜」
緒方が珍しくおどけたように言い、近くの文机の上に鉢を置いた。皆がその周りに集まってくる。
「どれどれ…ウン、いい金魚だ。」
「ハハ…可愛いなあ…オレも飼ってみようかな?」
口々に褒めてくれた。
 アキラはうれしかった。だけど、うれしいのに、なんだか素直に喜べなかった。
『ヘンだなぁ…なんでだろ……』
アキラは口元に笑みを浮かべてはいたが、それは本心からではなかった。
 金魚は小さな鉢の中でクルクル回って皆に愛嬌を振りまいている。それを見て、アキラは
ムッとした。
『なんで?ボクの金魚なのに…』
みんなと仲良くしないで!ボクの金魚なんだよ!?
どうにも胸の辺りがむかむかする。

 「なあ、アキラ君。金魚の名前はなんて言うんだい?」
緒方が首だけ振り向いて、アキラに問いかけた。
 アキラは一瞬ビクンと跳ね上がったが、すぐにプルプルと首を振った。
「なんだあ?もう、一月にもなるのに、いつまでもナナシじゃ可哀想じゃないか?」
緒方の言葉にアキラは赤くなった。別に手を抜いていたわけじゃない。一生懸命考えていた。
一番可愛くてすてきな名前を付けてあげようと、毎日毎日考えていたのだ。
「あれ〜?そういう緒方君は熱帯魚に名前つけているのかい?」
「もちろんですよ。ビビアン、マリリン、マレーネ、それから…」
「ウソばっかり。」
「ウソでも、碁打ちなら棋士の名前を付けてくださいよ。」
笑い声が部屋中に響いた。
 そうこうしているうちに、お茶の時間は終わり、皆再び碁盤の方へと散っていく。
 アキラは悲しくなって、そっと部屋を出て行った。机の上に置かれたままの金魚が不思議そうに
その後ろ姿を見送っていた。


(30)
 その夜、アキラは一人で眠った。何も置いていない窓の下の座卓に背を向けて、頭から布団をかぶった。

 「アキラさん、金魚さんにごはんをあげたの?」
靴を履こうとしていたアキラの背中に母が声をかけた。
 アキラは黙って首を振った。
「お約束したでしょう?」
咎めるような母の口調に、アキラは余計に意固地になった。ランドセルを乱暴に掴むと、
そのまま「いってきます」も言わずに飛び出した。

 『お母さん、金魚にごはんをあげてくれたかなぁ…』
アキラは学校についてからも、ずっとそのことばかり考えていた。授業も集中できなくて、
先生にあてられても答えられないことが二回もあった。
 今、目の前には美味しそうな給食が並べられている。だけど、アキラは箸が進まなかった。
溜息を吐いて、また考える。
『大丈夫。お母さんはちゃんとごはんをあげてくれているよ…』
結局アキラは、給食を半分以上も残してしまった。



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