敗着─交錯─ 29 - 30
(29)
(塔矢は…)
どうしていたのだろう。
自分より先に緒方先生と関係していた彼は――どう納得していたのだろう。
大人びた彼のことだ。何か気まずいことになっても知らぬ振りをして波風を立てない所作を心得ているはずだ。
(……そうだ、アイツは…、塔矢は…)
気になるのはそれだけではなかった。
研究会では緒方先生と顔を合わせる。どんな顔をして同じ部屋にいるのだろう。
下校途中に塔矢が現れた時は、心臓が止まるかと思った。
幸い足は速くなさそうなのをいいことに、悪いと思いつつもダッシュで振り切ってしまった。
塔矢が自分を追ってくれることが、嬉しくもあり哀しくもあった。
(アイツは…)
今の自分のことを軽蔑するだろうか。
学校の終了を告げるチャイムで現実に引き戻された。
「あ、進藤。これからバスケが体育館で対浜地戦やるけど、見ていかね?」
「ワリィ、オレ早く帰んなきゃ駄目なんだ…」
級友の誘いを断り荷物をまとめ、教室を後にする。
「進藤ってさ、囲碁のプロなんだろ?」
「碁?プロ?何ソレ」
塔矢が待ち伏せしている可能性があることを知り、最近は放課後に油を売らず急いで下校するようにしていた。
(30)
襖を引くと、部屋の中を見回した。
机と、本棚と、パソコン。教科書に囲碁関係の雑誌、書籍。
簡素を通り越して少し殺風景な気さえする息子の部屋に、変わった様子は無かった。
「……」
襖を閉めて少し考えた。
「明子、」
「ハイ、何です?あなた」
「アキラのことなんだが…」
「ええ、イライラしていますね」
座卓を布巾で忙しなく拭きながら、事も無げに答える。
「…何かあったのか?」
「さあ…学校であったことも含めて、私にはあまり話してくれませんから……ハイ、お茶が入りましたよ」
形だけ口に湯のみをつけて、また置いた。
「…しかし、最近の様子では…」
「何でしたら、門下の方に伺ってみてはいかがですか?」
「…?」
「女の私よりも、男の方のほうが何かと話やすいんじゃありません?…あの子は兄弟がいませんし…。あの年頃の男の子って、母親にはあまり話さないものですよ」
「…そうか」
「ほら、芦原さんや緒方さんには、よく懐いてますわ」
「――、」
何かが頭の中でうずいた。
最近のアキラは――特定の人物を避けているように見える。
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