Shangri-La第2章 29 - 31


(29)
以降、毎日のようにあったアキラからの電話は一度もない。
メールは、2〜3日して一回だけ来た。
無理をしないように、時間が出来たら何時でもいいから
電話が欲しい、という内容が、とても簡潔な文章で書かれていて
すごくよそよそしい印象を受けた。
その上、電話が一切ないのは、流石に少し気になる。
バイト中に電話を使うと、あとで色々と冷やかされるのだが、
もうそれを気にしてもいられない。
それにいつもなら、この時間でもすぐ電話を取るのだが……

「進藤君、そろそろ時間だよォー」
ヒカルははっと顔を上げた。
「あっ、はーい!今行きまーす!」
慌てて電話を切って、携帯を置きに戻った。
結局、アキラと話すことはおろか、
留守電にメッセージを残すことさえ出来なかった。


(30)
アキラが目を覚ますと、隣に緒方の場所はあったものの、姿はなかった。
ベッドを降りて、脱いであったバスローブを羽織って
リビングへ向かうと、コーヒーの香りが濃く漏れ漂っていた。
「あぁ、おはよう、アキラ君」
キッチンにいる緒方が先に声をかけてきた。
「あ、おは……」
声が思うように出ず、渇いた喉でせき込んだ。
「声が嗄れたか…まぁ、仕方ないか。それより、着替えてきなさい」
緒方の指した先、ソファの上に、昨晩洗濯機に放り込んでおいた服が
きちんとアイロンまで掛けられて、畳まれていた。
それを持って一旦寝室に向かい、着替えて戻ると
テーブルの上にはフレンチトーストが出されていた。
その他に、水と牛乳とグレープフルーツジュースと、
コンビニのサラダを茹でただけであろう温野菜も添えられている。
この部屋に調理器具があることはもちろんだが、
ここで朝食が出されることにも、またそのメニューにも驚いた。


(31)
子供の頃、一時ハマったフレンチトーストと温野菜の組合せ。
一緒にいることが多かった緒方に、作ってとねだったが
料理の経験のない緒方はそれが出来ず、結局母に教わって作っていた。
台所に立つエプロン姿の緒方は、慣れない作業に懸命だった所為か
隣に立つ母と比べると酷く不格好だった。
その後入門した芦原が、自宅の台所で慣れた手つきで
料理をするようになるまで、男性が台所に立つのは
あまり格好良くない事なんだと、アキラは固く信じていた。

「どうしたんですか?緒方さん、ここで朝ご飯なんて
 今まで一度も作ったこと、なかったじゃありませんか」
「――食事が済んだら家まで送ろう。
 それから……、塩で良かったんだよな?」
アキラの問い掛けには答えないまま、緒方は
手にしたコーヒーカップで、テーブルの上のソルトミルを指した。
――確かに、おやつで食べるときは砂糖だったし
朝食の時は塩を振って食べていた。
「はい……それじゃあ、いただきます」
マイブームが去って以来、食べていなかったフレンチトーストは
子供の頃と変わらない、懐かしい味だった。



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