初めての体験 29 - 41
(29)
頬を紅潮させ、喘いでいるヒカルを揺すりながら、門脇は聞いた。
「なあ・・・何でオレを誘ったの?」
「かどわきさ・・・つよいから・・・オレ・・・」
ヒカルが荒い呼吸の下から、答える。
「強いから?」
「オレ・・・つよいひと・・・すき・・・だから・・・」
自分を負かした少年に強いと言われて、門脇は嬉しかった。
「オレ・・・本当は学生三冠だったんだ・・・お前に負けたけどな・・・」
と、ちょっと寂しげに笑って呟いた。
その呟きがヒカルに聞こえたかどうかはわからなかった。門脇が与える
快感を、ヒカルは必死に追っていた。
二人で授与式の会場に戻ったが、門脇とは入り口で分かれた。
アキラがヒカルを見つけて、駆けてくる。手には賞状を持っていた。
「進藤・・・!どこへ行っていたんだ?」
「ごめん。知ってる人に会って、外で話しをしてたんだ。」
ヒカルがアキラにペコッと頭を下げた。
「知ってる人ってさっきの人?」
アキラが怪訝そうに訊ねた。悪びれずヒカルは答えた。
「うん。元学生三冠だったんだぜ。どーりで強いはずだよ。」
「対局したことがあったんだ?」
「院生の頃、一度ね。」
ふーんとアキラは呟いて、そっとヒカルの手を握った。
「どうしたんだ?塔矢。」
ヒカルがアキラの顔を覗き込んだ。普段のアキラは人目があるところでは、
決してこんなことをしない。黙り込んでいるアキラの手をヒカルはぎゅっと握り返した。
「ごめん・・・。黙って出ていって・・・。帰ったら、二人でお祝いしよう。な?」
俯いているアキラに話しかけた。
「塔矢が、賞状うけとるとこ見れなかったな・・・。ごめん。」
アキラは顔を上げて、照れくさそうに言った。
「進藤・・・。ボクこそ子供みたいに拗ねたりして・・・。」
そして、ヒカルの手を強く握った。
ヒカルは『アキラは本当に可愛い』と思った。その『可愛い』には、もちろん、
色々な意味が含まれているのだが・・・。
ヒカルは、アキラにじゃれつきながら、
門脇・・・元学生三冠!油断大敵!やっぱつえーぜ!
と、手帳に書いておこうと思った。
<終>
(30)
ヒカルは悔し涙にくれていた。思い出しても腹が立つ。いろんな男を手玉に取っていた
ヒカルだったが、いかがわしい男に拉致され、いいように弄ばれてしまったのだ。
棋院からの帰りに浚われて、廃ビルの中で犯されてしまった。下半身を裸に剥かれ、
犬のように這わされた。腰を押さえ付けられて、何の準備もしてないところを、
思い切り貫かれたのだ。
ものすごく痛かった。
「痛ぁ────────い!」
男は優しさのかけらもないやり方で、ガンガンとヒカルを突き上げた。
「痛・・・痛い・・・やめてよ・・・ねぇ・・・」
ヒカルが涙声で訴えたが、男は無慈悲にもヒカルを責め続けた。
男が後ろの穴を出入りする度、グチュグチュといやらしい音がして、ヒカルの
羞恥心を煽った。体中がカッと熱くなった。
激しく突き上げていた男の動きが、一瞬止まった。
「うっ!」と低く呻いて、男がヒカルの中に熱いものを放った。
「う・・・うぇ・・うぅ・・・」
ヒカルが嗚咽を漏らした。『でも・・・これで帰してもらえる』犯されたことは
悔しくて悲しかったが、男が欲望を吐き出したことで、ヒカルは解放して
もらえると思った。
だが、男はヒカルの中から出ていかなかった。再び動き始めた男に、
ヒカルは哀願した。
「ねえ・・・ね・・・やめてよ・・・ねぇ・・・」
男がヒカルの中に放った体液のおかげか、最初ほど激しい痛みはなかった。
男の動きも、先ほどより余裕が出来たのか、ゆっくりとしている。
(31)
ゆるゆるとヒカルの中を突き上げた。ヒカルの中にある感覚が芽生えた。
「あ・・・」
ヒカルの甘い声を聞いて、男がにやりと笑った。
「あ・・・あぁあん・・・あん・・・んん・・・」
ヒカルが断続的に声を上げた。その声の中に、嫌悪や痛みは感じられなかった。
ヒカル自身が徐々に立ち上がり始めた。
男が腰を支えていた手を前に回した。ヒカルのシャツを捲り上げ、乳首をなぶった。
「あ・・・やん・・・はぁ・・・」
突起を指先でつついたり、摘んだりした。乳輪を指でなぞる。その間も男の腰は、
ゆっくりと動き続ける。男は片手をヒカルの股間に這わせた。
「あふ・・・」
ヒカル自身を男の大きな手がさする。先ほどヒカルを痛めつけた男とは思えぬ程、
優しく扱く。
「あ・・・ああ・・・やだぁ・・・」
ヒカルの中に芽生えた快感が高まっていく。ヒカルはもう甘い声を止めることが
出来なかった。
あと少しで到達する。その時、男がヒカルの中に納めていたものをいきなり、
引き抜いた。
「ひゃう」
快感を途中で断ち切られ、ヒカルが悲鳴を上げた。後ろを振り返って、男を見た。
(32)
ヒカルは青くなった。這って逃げようとしたが、簡単に捕まえられた。男は
手にロープを持っていた。ヒカルの背中を膝で押さえ付けると、手際よくヒカルを
後ろ手に縛り上げた。
「や・・・やだ!助けて・・・!お願い!」
ヒカルが涙を流して、懇願した。男はにやにや笑うだけで、ヒカルに答えようと
しなかった。
男はヒカルを軽々とひっくり返すと、自分のものをヒカルの口元に近づけた。
男の意図はわかっていたが、ヒカルは躊躇った。それは先ほどまでヒカルの下半身に
納められていたものだ。だが、ヒカルは意を決して、それを口に含んだ。言うことを
聞かなければ、何をされるかわからなかったからだ。
ヒカルは一生懸命奉仕した。涙があふれてきた。涙を流すヒカルを男は面白そうに
見た。顎が疲れても、舐め続けた。涙が止まらなかった。男は満足したように笑うと、
ヒカルの口から自分のものを取り出して、今度は自分がヒカル自身をなぶり始めた。
恐怖で萎えかけていたそれが、再び立ち上がり始めた。手で口で弄ぶ。中途半端に
止められた快感に火がついた。歯で軽く扱かれ、先端を舌でつつかれた。
「あ──────────────!」
ヒカルが堪えきれず高い悲鳴を上げた。寸前で男の口がヒカル自身から離れた。
ヒカルは、自分の放ったもので胸や腹を汚した。
男は、ぐったりと肩で息をつくヒカルの腰を抱え上げ、再びヒカルを貫いた。
ヒカルはもう、男の行動に、抗議の声を上げることは出来なかった。
ぐったりとしたまま、男に揺さぶられ続けた。
(33)
ヒカルが正気に戻った時、もう男はいなかった。ヒカルは裸で転がされていた。
『とりあえず・・・生きている・・・』ホッとしたら、涙が出てきた。
顔も体も、涙と精液で滅茶苦茶だった。泣きながら、ハンカチで汚れを拭った。
体のあちこちがズキズキと痛んだ。
家に帰ってからも涙が止まらなかった。風呂に入り、体中を何度も洗った。
食事もとらず、部屋に閉じこもった。両親が心配したが、真相を話せるわけもなかった。
こんな屈辱は初めてだった。一晩泣いて忘れようと思った。
だが、ヒカルは知らなかった。自分の屈辱の現場を写真に撮られていたことを・・・。
そして、それがネットで販売されていたと言うことを・・・。
「この写真、進藤にそっくりだ・・・。」
「へえ・・・。写真だけじゃなくて・・・・・・や・・・・・・もあるんだ・・・。」
アキラは購入ボタンをクリックした。
「ふふふ・・・。さすがヒカルたんだ・・・。発送が追いつかないぜ・・・。」
男は笑いが止まらないと言った感じで、荷造りをしていた。
宛名には、緒方や和谷、その他の棋士の名前が書かれている。
「近い内に、新商品を仕入れるか・・・」
男は、今日も物陰からチャンスを窺っていた。ヒカルはそれに気づいていなかった。
<終>
(34)
「な・・・何だよ!これ・・・!」
ネットカフェで、ヒカルが偶然アクセスしたページにヒカルの写真があった。
それも、ただの写真ではない。ヒカルが陵辱されている写真だ。
『アイツだ・・・あの時の男・・・』
おぞましい記憶が蘇る。恐怖と屈辱の時間だった。写真を撮られていたなんて
知らなかった。
そう言えば、この前アキラの部屋で見つけた写真・・・。本棚にきちんと
整列された本の後ろに封筒が隠されていた。手にとって中を開けてみると、
写真が入っていた。それを取り出そうとした時、アキラが慌ててヒカルの手から
それを引ったくった。ちらりとしか見えなかったけど・・・自分に似ていた
ような・・・。
それに最近、緒方や他の棋士達の自分を見る目が・・・変・・・。
「ちくしょー!!」
ヒカルは店を飛び出した。飛び出したところであてはない。あの男に会うのも
二度とごめんだ。ただ、自分の写真を見たくない。
「うえ・・・ひっく・・・」
あの時のことを思い出して、涙が出てきた。
ヒカルは、道の真ん中で蹲って泣いてしまった。
(35)
ヒカルをよけるようにして、人が流れていく。だが、ヒカルは、突然後ろから
肩を叩かれ、ビクッとして振り返った。まさか・・・またあの男が・・・!
「気分悪いの?大丈夫かい?」
よく知っている優しそうな顔があった。
「白川先生・・・」
ヒカルは涙に濡れた瞳で白川を見上げた。手の甲で涙を拭いながら、立ち上がって言った。
「な・・・何でもありません・・・。大丈夫・・・です。」
「何でもないことないだろう。」
白川がハンカチを取り出し、それでヒカルの涙を拭った。そして、餌付いている
ヒカルの背中をさすりながら、
「今から囲碁教室に行くから、一緒に来なさい。」
と言った。
「ここで待っているんだよ。」
白川は、囲碁教室を開いている社会保険センター内の講師の控え室に、ヒカルを
通した。
白川が出ていった後、ヒカルはどう言い訳しようかと考えた。まさか、本当のことは
言えない。男に犯られて、写真をネットで売られたなんて・・・。あれこれ考えたが、
うまい言い訳を思いつかなかった。
(36)
どれくらい時間がたったのか、白川が戻ってきた。
「今日はもう講義がないので、ゆっくりしていいよ。どういうことか話して
くれるね?」
白川は、ヒカルの横に椅子を並べた。
「あ・・・あの・・・それは・・・」
ヒカルは口ごもった。白川は相変わらず優しい笑顔を浮かべて、ヒカルを見つめていた。
白川の顔をまともに見ることが出来ずに、ヒカルは俯いた。
「もしかして・・・これのこと?」
白川がテーブルの上に何かを置いた。それを見て、ヒカルははじかれたように
顔を上げた。
「せ・・・先生・・・それ・・・!」
ヒカルは青ざめた。どうして、先生があの写真を持っているんだろう?
さっぱり訳がわからない。ヒカルは混乱した。
「ああ・・・やっぱりこれ君なんだ。なんか、似てるなとは思っていたんだけど・・・。
まさか、本人だったとはねえ。」
「棋士の間でもちょっと話題になっていたよ。進藤君によく似てるって。」
いつもの白川らしくない神妙な顔つきで言った。
「・・・!!先生!誰にも言わないでください!その写真、違う人だって言って・・・!
お願い・・・」
ヒカルは白川に縋り付いた。目に涙を浮かべて、唇をふるわせていた。
「どうして、こんなことになったのか話してくれるね?」
白川はヒカルの背をさすりながら、問いかけた。ヒカルはつっかえ、つっかえ理由を
話し始めた。男に拉致されたこと・・・。廃ビルで犯されたこと・・・。
知らないうちに写真を撮られていたこと・・・。
「そうか・・・可哀想に・・・」
「・・・?せ・・・先生?」
背中を撫でていた白川の手が、ヒカルの首筋や脇腹まで触れてきた。
(37)
唯ならぬ雰囲気を感じ取って、ヒカルは白川から離れようと体を捩った。
だが、反対に腕を取られ、抱き寄せられてしまった。
「先生・・・!やめて・・・!」
無理矢理、唇を塞がれた。
「ん、んん―――――――!」
白川の舌が、ヒカルの口腔内に侵入してきた。口の中を蹂躙する。
白川の手がヒカルのシャツの下をまさぐった。背中を逆撫でされて、ヒカルは、
ピクリと身を震わせた。ゾワゾワとした感覚が背中を駆け登った。白川は、
キスをしたままヒカルを机に押し倒した。
白川の力は見かけよりずっと強く、小柄なヒカルの力では対抗できなかった。
白川の唇がヒカルの喉に吸い付いた。手はシャツを捲り上げ、ヒカルの胸元を
弄んでいた。
「あ・・・あん・・・あぁ・・・やめ・・・やめて・・・」
ヒカルが悶えた。必死で体を捩ろうとした。
「やぁ・・・!」
弄られて、ツンと立ち上がった乳頭を舐めあげられ、ヒカルは喘いだ。
「あ・・・やだ・・・せん・・・せ・・・んん・・・」
「感じているんだね?可愛いよ・・・」
白川が耳元に口を寄せて、囁いた。もうヒカルは抵抗をしなかった。
これは口止め料だ・・・先生の言う通りにしておけばいいんだ・・・
白川の愛撫がヒカルの思考を奪っていった。
(38)
白川は、ヒカルの服を全て剥ぎ取った。遠慮することなく、ヒカルの全身を
撫でさする。ヒカル自身にも、指で舌でなぶり続けた。軽く指で輪を作り、さすり
上げながら、先端を舐めた。
「・・・ん・・・ふぅ・・・あぁん・・・」
ヒカルは甘い声を止めることが出来なかった。全身を震わせ、悶え続けた。
突然、白川がヒカルへの愛撫をやめた。ネクタイを外し、それをしならせると、
ヒカルを俯せにして後ろ手に縛り上げた。
あっという間の出来事で、抵抗する暇もなかった。
「!!先生!」
ヒカルは大きく目を見開いて、肩を押さえ付けている白川を見た。
「うん・・・やっぱりこの方がそそるよ・・・」
白川がニコニコ笑って言った。いつもの白川とは違う。あの男に感じたのと
同じ恐怖がヒカルを襲った。
「や・・・やめてよ・・・せんせい」
ヒカルは泣きそうになった。こんなことしなくても、逃げたりしないのに・・・。
どうして・・・。
今にも泣き出しそうなヒカルの頼りない表情を見て、白川は微笑んだ。
「可愛いよ・・・進藤君。写真じゃなくて、本物の泣き顔が見たかったんだ・・・」
そう言いながら、骨に沿って背中を舐めた。恐怖と快感で体が震えた。
「せんせ・・・外してよ・・・お願いだからぁ・・・」
遂にヒカルは泣いてしまった。涙を流して哀願するヒカルの顔を恍惚とした表情で
白川は見つめた。ヒカルの腰を片手で固定し、その双丘を左右に割り開くと、
そこに舌を這わせた。
「やだぁ・・・!やめて・・・やめってたらぁ・・・!」
ヒカルが泣き叫んだ。指がヒカルの内部に侵入した。ヒカルは、起きあがろうと
上体を反らせたが、白川に背中を押さえ付けられた。それでも、爪先立ちの足を
じたばたさせたが、大した抵抗にはならなかった。その間も指は出入を繰り返した。
ズニュズニュというねっとりとした音がヒカルの耳に入ってきた。
(39)
「ん・・・はあ・・・」
ヒカルの息が荒くなった。顔は涙と汗でぐちゃぐちゃだ。全身が朱に染まり、
その姿は息を飲むほど色っぽい。
「あぁん」
白川が指を引き抜いた。ヒカルは口をパクパクさせて、息をしている。
「し・・・進藤君・・・」
白川は上擦った声を上げ、ヒカルの中に一気に押し入った。
「あ―――――――――――っ!」
先ほどまでとは打って変わった激しさで、白川はヒカルを責めた。ヒカルの体が
テーブルの上で、がくがくと揺れた。
「あ・・・あん・・・ん・・・ひぃ・・・あぁ――――」
ヒカルは大きく体をふるわせ、そのまま意識を失った。と、同時に体の中に
熱いものが放たれた。
白川・・・外柔内剛。人は見かけによらないの典型。
ヒカルは手帳にメモ書きをして閉じた。そして、傍らにいるアキラに声をかけた。
「なぁ・・・塔矢・・・この間の写真・・・」
「写真って何のこと・・・?」
アキラが白々しくとぼけた。アキラはきっと口を割らないだろう。
「・・・なんでもねえ・・・」
写真のことを皆に訊ねて回りたい気もしたが、藪蛇になりそうなのでやめた。
『白川先生に詳しいこと聞いときゃ良かったぜ・・・』
ヒカルは大きく溜息をついた。
「ふう・・・写真を進藤に見られたのは失敗だったな・・・」
隠し場所をかえた写真を取り出しながら、アキラは呟いた。
「進藤を縛るなんて可哀想で、できないからなぁ・・・」
そっくりさんの写真で我慢しよう・・・。
「でも『・・・・・・』と『・・・・・・』は見つからなかったからいいか・・・」
念のため、写真とは別に置いてある『・・・・・・』と『・・・・・・』の隠し場所に
アキラはチラリと視線をやった。何だか体が疼いてきた。
「新作希望のメールを出しておくか・・・」
アキラはパソコンを立ち上げた。
<終>
(40)
ヒカルは地方のイベントに来ていた。今回、棋院から派遣された仕事はそこで指導碁を
行うことだった。本当は、適当な理由をつけてさぼりたかった。しかし、ヒカルとてプロ
の棋士…我が儘は言えなかった。ヒカルには手合いをさぼり続けた前科もある。これ以上
睨まれるのはゴメンだ。佐為がいれば、この退屈そうな仕事も楽しめただろうに…。
「あーあ…せめて塔矢が一緒だったら…」
溜息をつきながら、席に着いた。もう客達は座って、談笑しながらヒカルを待っていた。
「よろしくお願いします。」
と、顔を上げて驚いた。目の前にいる二人の男性の顔に、見覚えがあったからだ。
「あ…あのお兄さん達…」
ヒカルは言葉を続けることが出来なかった。この二人は知り合いだったのか…。
あの後、桑原とは何もなかったのだろうか…?桑原の性癖をヒカルは身をもって知っている。
無事ですむとは思えない。しかし、いくら桑原でも、一般人に手をだすだろうか…?
(41)
固まってしまったヒカルに嘉威が声をかけた。
「始めないんですか?」
ハッとヒカルは我に返り、慌てて碁石を手にとった。嘉威と俊彦の前にある盤に交互に
碁石を置いていく。子供といえどもヒカルはやはりプロ、嘉威達ではいくら石を置いても
太刀打ち出来ない。
ヒカルが一手一手に解説をしていく。二人は、ふんふんと頷きながら真剣に聞いている。
「進藤プロ…オレ達…じいさんにやられっちゃったよ…」
指導碁が終わった後、突然、ぽつりと俊彦が呟いた。ヒカルはやっぱり…と思った。俊彦がどういう経緯で
桑原と関係したのかはわからないが、嘉威の方はだいたい見当がつく。
「オレ、あの時、あんたが何であんなに瞬きしているのかわからなかったけど…あれって
教えてくれていたんだな…」
ありがとう…と、嘉威が小さく礼を言った。
「あんたも同じ目にあったんだ?」
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