検討編 3


(3)
唇に感じていた柔らかなものがやっと去って行って、アキラは僅かに頭を引いて止めていた息を吐き、
それから二度三度、深呼吸しながら目を開けると、まだすぐ間近に、ヒカルの眼がアキラを覗き込むよ
うにして見ていた。
「逃げねぇの…?」
低い声でヒカルが問う。
「オマエが逃げないと、オレ、勘違いしちまう…」
逃げない。キミからはもう逃げられない。そう、言ったじゃないか。
――ボクはもうキミから逃げたりしない――もう、ずっと昔にそんな事を言った気がする。
ヒカルは片手でアキラの手を捕らえたまま、もう一方の手でアキラの頬を包むように触れた。
あ、と、軽く開かれた唇から小さく息が漏れ、ヒカルの手の下でアキラがぴくんと震えた。

唇がこんなに敏感な場所だなんて、知らなかった。
僅かな動きに、その柔らかさに、眩暈がしそうだ。
繰り返し何度もアキラの唇に触れてくるそれは昼間のように強引ではなく、そっと押し包むように柔らかく
アキラに触れ、離れていったかと思うと、またそっと触れる。
触れるか触れないかの位置に留まった唇が、「とうや」と、自分の名を音も無く呼んだのがわかって、
頭の芯がくらくらと痺れたように感じた。
応えるように、「しんどう、」と、相手の名を形でなぞる。
次の瞬間、ぐっと強く抱きしめられた。



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