セイジのひみつ日記 3


(3)
「ああ…はじまりますね」
彼は再び囁くように私に話しかけると、居住まいを正し、美しい横顔を惜しげも無く曝す。
スクリーンでは引っ越しセンターのCMを映していたが、そのほとんどが頭に入ってはこなかった。
渇いた喉をコーヒーで癒しながらスクリーンの動きを追っていたが、隣りに座る彼が何度か身震い
した気配を感じた。振り向くと彼は自分の腕を摩っていた。
寒いのか問うと、『少しだけ』と控えめに肯定する。
確かに館内は冷房が効いていて、シャツ一枚だけの彼が凍えているのが手に取るように判った。
私はジャケットを脱いで彼の背に掛けた。驚いたように私の顔を凝視する彼の視線をくすぐったく
思いながら、それでも精一杯そっけなく「着ていなさい」と促すと、少し顔をほころばせて彼は
素早く袖を通した。
「緒方さんの匂いがする……」
肩も、袖も、何もかもが彼にブカブカだった。指先が見えないほど長い袖に顔を近づけて、彼は
小さく笑った。煙草を吸わない彼にしてみれば煙草臭かったかもしれない、と私は少し後悔する。
「煙草臭いか?」
「いえ…それは、平気です。けど」
そこまで言って、彼は口を噤んだ。
「………緒方さんにぎゅってしてもらってるみたいな感じがします」



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