平安幻想秘聞録・第一章 3


(3)
「それに、君は纏っている気まで、近衛とそっくりだ」
「気?」
「その人の持つ目に見えない特性というものかな。君が見つかったとき、
初めは妖しが近衛の姿を模して現れたと思ったんだ」
「妖し?」
「魑魅魍魎、妖怪の類さ」
「妖怪?そんなものが出るのか?」
「ここでは日常茶飯事だが、そちらでは、そうではないようだな」
 ヒカルのいる現代では妖怪なんておとぎ話かマンガの世界でしかお目
にかかれないものになってる。もし、本当に河童だの鬼だのが現れたら、
新聞の号外が出るくらいの珍事だろう。逆に言えば、妖怪すら棲み難い
世の中になってるということなのか。
「塔矢、じゃないや、賀茂はその妖怪と戦ってるのか?」
「あぁ、近衛もね」
 うわー、こっちのオレって大変だったんだな。ヒカルは十五歳にして
プロ棋士という、あまり一般ではない職業を一生の仕事に選び、時には
寝食も忘れるほどに打ち込んではいるが、妖しと呼ばれるものと切り結
び、本当の意味の命懸けの戦いをしている光や明には及ばない。
「それが僕や近衛の仕事だからね。だけど、人にはそれぞれ役目がある
と思うよ。碁を打つというのが君にとって大切なことなら、それを誇り
に思っていい」
「もちろん、思ってるよ。オレは、佐為と出会って初めて碁のおもしろ
さ、楽しさを知って、そして、塔矢と出会って、アイツに追いつきたい、
追いついてやるんだって、そう思いながら打って来たことを、大切に思
ってるよ」
 ただ、悔やまれるのは、そのせいで佐為が消えてしまったことだけ。
棋院にある棋譜の書庫で、自分はもう決して打たないから佐為と出会っ
た瞬間に時間を戻して欲しいと、そう願ったのも嘘じゃない。
 今はそれでも自分の碁の中に佐為は生き続けているんだと、やっと思
えるようになったけれど。



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