sai包囲網 3
(3)
「対局って、何?」
思わずぎゅっと自分のトレーナーの胸元を握って、ヒカルは答えた。
その仕種だけで何か隠し事をしてますと言ってるようなものだが、今の
ヒカルにはそれに気づく余裕すらない。うまく凌いだと思い、緊張を解
いたところに、鋭く切り込む一手を放たれて、思考が停止しそうになる。
これが碁なら持ち時間を目一杯に使って、切り返す手を編み出したいと
ころだが、アキラの表情を見ると既に持てる時間を使い切り、秒読みに
まで追い込まれてる気分になってくる。だが、ここで投了するわけには
いかない。
「塔矢先生とはまた打ちたいっては思うけど。ほら、俺の新初段シリー
ズを見ただろ?俺なんてまだまだだよなーーー(笑)」
暗に、昨日のsaiと塔矢名人との対局なんて知らない。俺の実力は
saiには遠く及ばないんだと、二重の否定を含ませたヒカルの答えに、
アキラは薄く笑った。そう言うと思っていたよ。
「桑原先生がね、すごく、おもしろいことを言ってたよ」
「へっ?桑原のじーちゃん?」
突然出て来た桑原本因坊の名前に、ヒカルが動揺してる間に、エレベ
ーターが一階へと着いた。そのまま逃げようにも、アキラに入口側に立
たれ、降りることさえ叶わない。
「ほら、進藤。乗る人の邪魔だよ」
視線を巡回させているうちに、アキラに片腕を取られ、ヒカルはその
まま引きずられるように病院の外へと連れ出される。
ふと、感じる既視感。小学生だった二年前、「逃げるなよ。今から打
とう」と、こうやってアキラに手を引かれて雨の中を走ったときのこと
を思い出した。あのときとは違う手の力の強さ、まだまだ少年特有の華
奢さを残してるものの広くなった背中に、ヒカルは急に怖くなった。
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