霞彼方 3
(3)
「へい!」
すぐに、日本酒の透明な四合瓶が出てきた。
森下の前と、ヒカルの前にもそれぞれ、コップとお通しが置かれる。
「先生、俺…未成年なんだけど」
「安心しろ、ちゃんと初心者でも飲みやすい酒を頼んでやったんだ」
「いやその、そうじゃなくて」
「大人になった祝いだ。オレが許す」
自分はまだ15才なのに…と言おうとして、気がついた。
森下が言っているのは単に年齢の事ではない。
森下は、自分を対等にやりあう「一人前」の棋士として認めてくれたのだ。
その感覚は誇らしくもあり、奇妙にくすぐったくもあった。
「いただきます」
「おう」
ヒカルは神妙な顔をして、そのコップ酒を受け取る。
日本酒なんて、お正月ぐらいにしか飲んだことがないヒカルには、それは唇に
ピリピリと辛かった。
そんな二人のようすに板前が軽口を叩く。
「モリさん、たまには女の子も誘ってあげればいいのに。たまに人を連れてきても、
お弟子さんばっかりで。女泣かせだねぇ」
すかさず、もう一人の若い板前が笑いながら、ヒカルに話し掛けた。
「森下さんはね、これでもかなりモテるんだよ」
「まったくこんな朴念仁のどこがいいのか。奥さんも押掛け女房だったんだ」
ヒカルは意外に思って、森下の横顔を見た。
店を出ると、冷たい夜風がヒカルの髪を嬲った。
零時も近いというのに、かなり人通りが多い。皆、終電を気にしているのだろうか、
時計をチラチラと見ながら駅の方へと急いでいる。
「あら、森下センセ、こっちにきたならウチの店にも寄って下さいよ」
声を掛けて来たのは、藤色の着物を着こなした、上品そうな女性だ。手には大きな
梅の枝の花束を抱えている。
「こちらはお弟子さん? かわいいわねー」
「おいおい、男にかわいいは褒め言葉じゃねぇぞ」
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