ピングー 3
(3)
ヒカルが聞きたくもないような熱帯魚談義がはじまった。
なんでも、コリドラスという魚は今でも発見されていない新種や珍種が多く、それが時折、
普通のコリドラスに混じって入荷するのだそうだ。それを水槽の中から見つけ出し、狙い
撃ちで買うのが「混じり抜き」というらしい。
「すぐに買いに走るつもりだったんだが、あの通り取材につかまってな。お前がいて助かった」
コリドラスの混じり抜きを狙うマニア――ライバルは多く、ヒカルは、そのマニアのライバルに
対する「盾」として緒方に利用されたのだ。
「まぁ、これからも、こんな事があればよろしく頼む」
(冗談じゃねぇよ)
と、ヤケクソ気味にガリを頬張りながら、ヒカルは緒方の横顔を見上げる。
黙ってれば男前なのに……と、ぼんやり考えた。
不幸にも、ヒカルの緒方との腐れ縁はそれで終わらなかった。
その夜、ヒカルは緒方のマンションに連れ込まれた。
理由は。
「おまえに、コリドラスという魚の素晴らしさを伝授してやる」
要するに買ったばかりの魚を自慢したいのだということは、イヤでも分かって、逃げ出した
かったが、うやむやのうちに派手な赤い車におしこまれ、気がつけば緒方の指の長い手が、
マンションのセキュリティロックを解くのを眺めていた。
緒方の部屋は、物は多いのに、なんだか寒々しい。人間の気配がない感じだ。
なのに、薄暗い部屋の中で、デスクの横の熱帯魚の水槽だけが、煌々と明るいライトを付けて、
生き生きと存在を主張していた。
「水合わせが必要だ」
とか言って、緒方は買った魚をすぐに水槽に放すことはせずに、ビニール袋ごと水に浮かべた。
ヒカルを呼び寄せ、共にそれを覗き込む。
「コリドラス・アドリフォイの変異種だ。このさかなは、白と黒のツートンカラーでな。碁石
みたいで綺麗だろう。気に入ってるんだ」
緒方の体温をすぐ後ろに感じながら、ヒカルは首をかしげた。
(まぁ、ちょっと鯰みたいな顔の、かわいい魚だよな)
と、背中に回った緒方の手が、脇腹からまわって、自分のシャツをたくしあげてるのに気付く。
「先生?!」
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