落日 3
(3)
「近衛、」
声をかけながら室内に入ると、脇息にもたれかかっていた少年がゆっくりと振り向いた。
「今日は具合はどうだ?」
でき得る限りの優しい声で――もうずっと、彼に声をかけるときはいつでも、一番優しく柔らかな声
で話しかけられるように心がけていたのだが――振り返った少年に呼びかけると、その声に応える
ように少年はふんわりと笑みを浮かべた。
その表情に胸が痛む。
こんな風に儚げに笑う少年ではなかった。
明るくて、元気で、やんちゃで、元気すぎると周りから叱られて舌を出すような、そんな少年だった。
けれど今、彼は何もかもを失ってしまった人のように、何かを諦めきってしまったように宙を見ては
柔らかに微笑む。その笑みが痛ましくて、どうにかして彼の心を慰めてやりたくて、だから自分は暇
を見つけてはここへ通っているのだ。
その日の出来事を、自分は直接は知らない。
ただ後から人伝に聞いただけだ。
その話を聞いて初めて自分がここに駆けつけたとき、彼に目通りは許されなかった。
お会いする事はなりませぬ、と彼に告げた女房は、もう三日三晩も高熱を出してうなされているのだ、
と続けた。だから彼が病床に臥している間に、その人はひっそりと葬られたのだとも。それを見ずに
済んだことは未だ臥したまま目覚めぬ少年には良かったのか悪かったのか、私にはわかりません、
と、彼女は窶れた面を振って、大儀そうにこぼした。
熱が引いてやっと起き上がれるようになった彼は、当初、言葉を失っていたと言う。
今でこそ、調子の良さそうな時には二言三言、こちらの呼びかけに答えることもあるけれど、大抵は
こちらの声が聞こえているのかいないのか、大きな瞳はぼんやりと虚ろに空を眺めるばかりだった。
だから彼の隣で座って取りとめのない話をしていた自分は、それに気付くとどうしようもなく遣る瀬無い
思いに包まれてしまって、彼の顔を包んでこちらを向かせ、そして彼の身体を抱きしめたくなる。
|