番外編2 冷静と狂気の間 3
(3)
――そうだ、今なら青春18切符がある。夜行で行けば明日のうちには会
場のホテルにつける。
簡単な旅支度をディバッグにつめ、明日のコンビニのバイトは交代を頼ん
だ。夜行列車・ムーンライトえちごに乗るため、俊彦は駅へ急いだ。
怒りにまかせて列車に飛び乗ったものの、なんといって謝らせたらいいの
か、俊彦は頭を悩ませていた。
――嘉威の前で土下座をするとでも約束させようか。それとも慰謝料を請
求してやろうか。いや、それじゃあまるで恐喝みたいだ。週刊誌にい
うぜとでも言えば青くなって詫びを入れてくるかもしれない。でも、
ホテルにいけば本因坊に会えるんだろうか。だいたい勢いでこうして
出てきたが、これでよかったのか。嘉威は早く忘れたいだけかもしれ
ない。じゃ、謝ってほしくないのか。それはないよな。
嘉威の部屋で発泡酒を飲んでいたというのに眠気は訪れず、どうどう巡り
をする俊彦の頭はますます冴えてくるばかりだった。早朝、夜行列車は、
ほとんど一睡もできないままの俊彦を乗せて終点の村上に着いた。本因坊
戦の開かれる町はそこからさらに鈍行で半日近くかかる。
ようやく目指す駅についた頃には昼はとうに過ぎていた。耐え難い空腹が
迫り、目の前のラーメン屋に飛び込んだ。
「チャーハン、餃子」
出てきたものを野犬のようにガツガツと腹に収めた。考えると昨晩からま
ともなものを食べていない。ようやく人心地がついたところで、ラーメン
を追加した。
入り口の戸がガラッと開くと前髪がヤケに明るい少年が入ってきてラーメ
ンを注文した。カウンターの隣に座った少年は、ディバッグに差した「週
刊碁」を取りだしバサッと広げて読み始めた。
――こんなところで「週刊碁」を見るなんて…
ちょっと驚いて見ていると、少年もその視線に気づいて問いかけるような
目をする。俊彦は脇にある自分のディバッグに差した「週刊碁」を引き抜
いた。
「お兄さんも碁打つんだ。」
少年はニコッと笑って話しかけてきた。
「まだ始めたばっかであんまうまくないけどな。」
「オレもそうだよ。まだそんなに強くない。でもさ、碁って面白いよね。
碁盤は宇宙なんだよ。そこにさ、石をひとつひとつ置いていくと星をひと
つひとつ増やすみたいだろ。どんどん宇宙を創ってくんだ。オレは神様に
なるんだよ、碁盤の上で。」
ビー玉のような目をキラキラさせて話す少年に、俊彦は思わず引き込まれ
ていく。ラーメンを食べると少年は快活な挨拶を残し去っていった。
――俺はジジイと対決するんだよな。
気合を入れて俊彦も席をたった。
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