夜風にのせて 〜惜別〜 3
(3)
三
電車に何分間か揺られて目的地の駅に辿り着くと、ひかるは川べりの道を目指した。そこ
は住んでいるアパートとは逆方向だが、ひかるは胸を高鳴らせて歩く。
そして川が見えるとあたりを見回した。
「ひかるさん、おはようございます」
突然声をかけられ、ひかるは驚いた。川岸から学生帽をかぶった少年が颯爽と現れた。
「お…おはよう、ございます。明さん」
明と呼ばれた男子学生はにこっと微笑むと、ひかるの手を引いて歩き始めた。
「やっぱり早朝の散歩は気持ちがいいですね」
明の背中を見つめ、ひかるは「ええ」と小さく返事をした。
「それに、これがきっかけでひかるさんと出会うことができたし。早起きは三文の徳って
本当なんだなって改めて思いますよ」
明は振り返り、ひかるに微笑んだ。昇り始めた朝陽が明の白い歯に反射し、ひかるは思わ
ず見とれてしまう。だがそんな自分が恥ずかしくてマフラーで顔を隠した。
クシュンと明が突然くしゃみをする。
「…だいぶ寒くなりましたね。これからはもっと厚着をしなければ」
明は照れくさそうに笑った。そんな明にひかるは自分のマフラーを巻こうとした。
「風邪、ひかないでくださいね。明さんに会えなかったら、私の一日は始まりませんから」
そう言うとマフラーを明の首にかける。背の低いひかるは、必死に背伸びをしてマフラー
を巻いてあげた。だが昨夜の疲れからかよろけてしまう。
「大丈夫ですか、ひかるさん」
明は驚いてひかるを抱きしめた。ただでさえ華奢な体つきであるひかるが、昔から病弱で
あったことを聞いていたからだ。
「ご、ごめんなさい。もう大丈夫ですから」
ひかるは胸の高鳴りが聞こえてしまうと思い、明から体を離そうとした。
だが明はひかるの体を抱いて放さなかった。
「暖かい。あともう少しだけ、このままでいさせてはくれませんか?」
ひかるは一瞬戸惑ったが、愛しい明に包み込まれる気持ちよさにそっと背中に手を伸ばし
て抱きついた。
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