兄貴vsマツゲ? 3 - 4
(3)
アキラくん・・・っ!と膝をついて扉に縋りつく緒方を見下ろしながら長身の人物が笑った。
「〔おいアンタ、塔矢に嫌われたらしいな〕」
「・・・あぁ?何を言ってるんだかわからないぜ、茶髪のボウヤ」
「〔昼間からヨダレの跡ベッタリじゃ無理もない。アンタも棋士か。日本囲碁界のレベルも
知れたもんだな〕」
言葉の意味はわからなかったが口調と表情で馬鹿にされている雰囲気は十分伝わってくる。
相手が女のように綺麗な顔をしている分、余計に腹が立った。
「オマエ、やる気か・・・女みたいな睫毛しやがって。よっぽど火傷がしたいと見える」
「〔なんだ、やるのか?言っておくがオレは強いぜ。碁を始めたのと同じ年から韓国古武術に
親しんで、段位も持っている。まあここでアンタをぶちのめしたら、塔矢もオレを見直すかな?〕」
異文化コミュニケーションはハート・トゥ・ハートとはよく言ったものだ。
言葉は通じなくても互いの気持ちが手に取るようにわかった。
間合いを測り、今にもどちらかがどちらかの胸ぐらを掴みあげてもおかしくない空気となった
時、カチャリと音がしてアキラがバスルームから出てきた。手に、濡らした白いハンカチを
持っている。
「アキラくん!」
「あ、少しじっとしててください」
緒方の顎に手を添えグキッと自分のほうを向かせると、アキラは緒方の口元のカパカパに
乾いた白い跡をハンカチで丁寧に拭った。
「なんだ?アキラくん」
まだ殴り合いもしていないし血もついていないはずだが・・・と思いながら緒方は言った。
ハンカチを動かしながらアキラが口ごもる。
「・・・ええと・・・煤?・・・そう、煤です!煤みたいなものがほっぺたに」
「煤?覚えがないが・・・どこで付けたかな」
首をひねる緒方の顔をきれいにし、曲がったジャケットとよれた襟元をさりげなく直してから
アキラは改めて兄弟子を見つめ、端正な顔をにっこりと綻ばせた。
「緒方さん、ボクの電話を聞いて急いで出て来てくださったんでしょう?・・・ありがとうございます」
(4)
その様子を長身の人物は壁に凭れたまま、つまらなさそうな顔で眺めていた。
「〔塔矢、その間抜けな中年男は誰だ。その男をオレが倒せばいいのか?〕」
「〔違うよ。・・・落ち着いて話が・・・出来るように、彼には・・・ここに来てもらったんだ〕」
アキラは緒方の腕を取って自分の横に立たせ、紹介を始めた。
「〔彼は緒方精次九段。ボクの父の・・・門下・・・で、ボクの兄弟子だ。日本の・・・十段と碁聖と
いう・・・二つのタイトルを持っている〕」
「〔塔矢行洋先生の?ふうん・・・で、その男は塔矢の恋人なのか?〕」
「〔そっ、そんなわけないだろう。とにかく・・・キミのことも今・・・彼に紹介するから。〕
・・・緒方さん。彼は韓国棋院の棋士で高永夏というんですが、ご存知ですか?」
「高永夏?名前は聞いている。こいつがそうか」
ギロリと目を上げた緒方と、フンッと鼻を鳴らした永夏の視線が空中の高い位置で絡み合った。
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