少年王の愉しみ 3 - 4


(3)
さて、碁会所のシーンの撮影も無事に終了し、控え室で少年王は次のシーンに備えて着替えを
しようとしていた。
ハンガーにかけておいたパジャマを取り、袖を通す。
少年王は注文通りの最上質の綿の肌触りにご満悦だった。
が、ボタンをはめようとして、妙な違和感を感じた。
どうも勝手が違うような、やりづらいような…って、コレは合わせが逆じゃないか?女物か、コレは?
ふつふつと怒りが湧いてきた。
どうしてウチの家臣どもはこうも不手際が多いのだ!
折角、今日こそは準備万端と思っていたのに、これではまた笑い者だ…!
ガタッ、と椅子を蹴飛ばして、少年王は仁王立ちになって怒りに震えた。
(当然の事だが、彼は、今の自分が着ているのは下着の上にパジャマの上衣を羽織っただけ、
というあられもない格好である事には、気付いてはいなかった。)
と、ドアをノックする音がした。
「塔矢さーん、準備よろしいですかぁ?」
間延びしたような声が外からかけられた。
「くっ…」
少年王は唇を噛んだ。
もはや、代わりを用意している時間などない。
仕方がない。これで行くしかないか。
きっと、上衣の合わせを気にするほど細かい人間は、とりあえず、撮影所にはそうそういないだろう。
とは言ってもどうせ全国に発売されれば、いちいちそんな細かい所に突っ込みを入れてくるヤツは
山程いるんだろうけどサ。
少年王は小さく舌打ちし、乱暴にズボンに足を突っ込みながら、
「今、行きます。」
とドアの向こうの人物に答えた。


(4)
スタジオには塔矢アキラの部屋のセットが組まれている。
「じゃ、行こうか。」
演出家の声で、撮影が開始された。
室内の照明が落とされる。
しかし、布団と言うものはあまり寝心地が良いものではないな、と最上質のスプリングのベッドに
慣れた少年王は思った。だが今はそんな事はどうでもいい。
「スタート!」
カチッと音がして、スタジオ内は沈黙に包まれた。

「……ん、」
ごくっ、と誰かが唾を飲む音が聞こえた。慌てて誰かが「シーッ!」と口に手を当てる。
「あ…」
僅かにスポット。
少年王は微かに目を開ける。
―今 何時だろう…

カメラの回る音だけが響く静まり返ったスタジオ内で、少年王は台本に沿って演技を続けた。
が、そのシーン―塔矢アキラが起き上がって自室を出るまで―を終えても、何の声もかけられない。
OKもNGもない事を不審に思って、少年王は眉を顰めて演出家を振り返った。
「えーっと…、あ、うん、そのぉ…」
演出家ははっきりしない様子で口ごもる。
「…悪いけど、もっかい、やってもらえるかなぁ…?」
途中でダメも出なかったし、自分でもまあまあの出来だと思っていたが、演出的には何か思うところ
があるのかもしれない。そう思って少年王はもう一度布団に潜り込んだ。



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