白河夜船 3 - 4
(3)
「―――進藤どうしたんだ、食べないのか?」
「えっ」
「せっかくの料理が冷えちゃうよ」
ヒカルの目の前でアキラがステーキを口に入れている。
アキラはナイフとフォークを音をたてず優雅に動かす。
―――ああ、そうか。オレ、塔矢とメシ食ってたんだ。
ヒカルはアキラの案内でイタリアレストランで夕食をとっていた。
いつもはヒカルの食べたい物をにアキラが付き合っていて、
ファミリーレストランや牛丼屋、ラーメン屋などが、ほとんどだった。
「ここの料理美味しいだろ? お母さんがこの店贔屓で、幼い頃からよく来て
いるんだ。イタリア料理の隠れた名店でもあるしね」
「ああ、美味いよ」
「でもあまり食べていないようだね」
「そっ、そんなことねぇよ、ホラ見ろよ!」
ヒカルはステーキをナイフで大きく切って、口に頬張りムリヤリ笑顔を
つくった。
「何か悩みでもあるのか?」
そんなヒカルの様子をアキラはしばらく眺めて静かに言う。
「別にねえよっ」と、ヒカルは言ったつもりだが口の中が一杯で明確な発言は
無理で、アキラから見ればただモゴモゴと口を動かしているように見え、何を
話しているのか全く理解出来ない。
「だかハ、モゴ・・・・・ゴ・・ハモ・・・・・・・おまえのっ・・・む・・・・・・・グッ」
「進藤・・・、食べるか話すかどちらかにしないか。はたから見てとても見苦しい」
澄ました顔でアキラは品よくステーキを口に運ぶ。
―――ったく、何で塔矢はオレの考えていることが分かるのかなあ?
世の中で一番好きなのは塔矢だけど、また一番怖いのも塔矢だ。
(4)
ムクれて黙々と食べているヒカルにアキラは軽い溜息をつく。
―――進藤は思ったことが顔に出やすいタイプだから、何を考えているのか大抵
検討がつく。そこが可愛いと思えばそうだけど。
やがて夕食が終えた二人は、あるホテルの一室に入った。
「なんか最近、メシ食った後ホテル行くのがパターンになってるな」
ベッドに腰を下ろし、スーツの上着を脱ぐアキラを横目で見ながら、自分の
靴下を脱ぎ始めた。
視界の片隅で上着をハンガーに掛けているアキラが動かなくなり、ヒカルは
靴下を脱ぐ手を止めて、改めてアキラの方へ目を向ける。
アキラはスーツの上着をハンガーに掛け、その前で何か考え込んでいる。
しばらくその様子を見ていたヒカルは、思わずアキラに話しかけた。
「塔矢、また身長が伸びて今のスーツが体に合わなくなったら、オレが新しい
やつ買ってやるよ」
そのヒカルの言葉にアキラは心底驚いたらしく、目を見開く。
「キミはボクの考えていることが何故分かったのか?」
「そりゃ分かるよ、オマエのことだからな」
ニコッと自然に笑うヒカルにアキラは苦笑いする。
―――まったく、何で進藤はボクの心の中が手に取るように分かるのだろうか?
この世で一番大切な人間は勿論進藤だけど、一番厄介なのも進藤なのは
まず間違いない。
「塔矢?」
一向に動こうとしないアキラに痺れをきらし、ヒカルはアキラを背から抱き
しめた。
「今シャワー浴びてくるから、待っていて」
アキラはヒカルに軽くキスをして身を翻し、バスルームの中へ姿を消した。
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