Trick or Treat! 3 - 4


(3)
「うわぁ、お化けが出たぁ」
「お助けぇー!」
大袈裟に怖がってみせる一同の姿と、中絶した芦原の解説を総合して緒方はやっと
状況を理解した。
どうやらここはこの「お化け」に菓子を渡して、命乞いをしなければならないらしい。
襖の取っ手辺りまでしか背丈がないその小さなお化けは、子供用と思われるオレンジ色の
カボチャのお面を着け、照る照る坊主のように白いシーツを体に巻きつけてズルズルと
引きずっている。
手にした大鎌はよく見ると紙製で、台所用ラップの芯と思しき筒を黒いマジックで
塗り潰した柄に、銀紙を貼った三日月形の「刃」をセロハンテープで固定したものだ。
お面の周りを縁取る特徴的な髪形と、シーツの端にマジックで書かれた
「とうや アキラ」の文字は・・・見ないふりをすべきなのだろう。

「とりっく・おあ・とりーと!」
大人たちに怖がられてノッてきたのか、小さなお化けは精一杯恐ろしげな低い声で叫んで、シュッ・・・シュッ・・・と見得を切るように大鎌を左右に振ってみせた。
刃の部分が襖に当たってパコンと軽い音を立てる。中身は恐らくダンボール製だろうと
緒方は見当をつけた。
凄みを利かせた声で、お化けはご丁寧にも日本語で繰り返した。
「おかしをくれなきゃ、いたずらするぞ!」
「あげますあげます。だから、悪戯しないでください。これから研究会があるんです」
一番年嵩の棋士がそう言って小さな海苔あられの袋と、蜜柑を二つ差し出すと、
お化けは「それでいいんです」と偉そうに頷きながら何故か大鎌を襖に立てかけ、
シーツの中で何やらもぞもぞ身をくねらせ始めた。


(4)
「?」
一同が怪訝な顔で見守る中、お化けはシーツの中から小さなナップサックを取り出した。
暖色系の格子柄に木の葉やドングリの刺繍が施された、子供用にしては洒落た
デザインのそれは、この家の一人息子愛用の品だ。
ナップサックの蓋を開き口を大きく広げながら、お化けは怖い声で
「この中に入れてください!」と言った。
「あ〜あ、これおやつに食べようと思ってたのになぁ〜」
一番年嵩の棋士が大袈裟に惜しがってみせながら蜜柑と海苔あられを入れると、
お化けはピョコンと頭を下げて「ありがとう・・・」と言った。
さっきまで大鎌を振るって人間たちを脅かしていたにしては腰が低い。
顔を上げるとお化けは再び偉そうに胸を張り、蜜柑とあられの入ったナップサックを
揺すってみせて言った。
「他の人もここにおかしを入れてください!」
「はいっ。入れます!」
「オレも」
「ボクも」
「それでいいんです」
満足そうに頷いて、お化けはナップサックを揺すりながら大人たちの間を縫って歩いた。
黒糖飴に牛乳ビスケット、蒟蒻ゼリーに醤油煎餅に栗饅頭、乾燥梅。
大人たちが菓子を入れてやるたびにお化けは「ありがとう」とピョコンと頭を下げる。
この光景、何かに似ている・・・と緒方が首を捻った横で、芦原がボソッと
「募金みたいっすね」
と呟いた。



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