平安幻想異聞録-異聞- 3 - 4


(3)
「な、なんだよ、それ…」
菅原がねっとりとした手つきで、見上げるヒカルの頬をなでおろす。
「佐為殿や賀茂殿に何かがあれば、だれもが騒ぎだすだろうが、検非違使ひとり
消えたところで、誰も気にしないということですよ、近衛殿」
ヒカルは息を飲んだ。
確かに、妖怪退治の殊勲者の一人であるにもかかわらず、肩を並べて戦った賀茂アキラや、
囲碁占盤で妖怪の出現場所を特定した藤原佐為に比べると、ヒカルの宮中での知名度は
はるかに低かった。
アキラが妖怪を封じたその影で、命がけで妖怪と戦いこれを弱らせた
ヒカルの存在が不可欠だったにもかかわらず、また、佐為が妖怪の出現場所を
的中させたその裏で、精神的にもろく、時に小さな人間関係のひずみにすら心を
ゆらす佐為を支え続けたヒカルの存在が不可欠だったにもかかわらず、――
『いつも、佐為の君にくっついて歩いている敬語使いの下手な少年検非違使』――
それが、宮中でのヒカルの認知度であった。
「明日、お前が出仕せず、佐為殿が違う検非違使を護衛に連れ歩いたとしても、
誰も気にしないであろうよ」
菅原の薄ら笑いをたたえた爬虫類のような目に、ヒカルはゾッとした。
「――佐為殿への意趣返しとしてはいささか下世話な手段ではあるがな。さてさて、宴の用意じゃ」
パンパンと菅原が手を叩くと、あの夜盗風の男達が再び寄ってきて、今度は
よってたかってヒカルの衣類に手をかける。ヒカルも必死の抵抗を試みたが、
両手両足が戒められた状態ではそれもかなわず、あっというまに着衣の前を
はだけられてしまった。健康的に適度に日に焼けた腕等と違い、普段は着衣の奥に隠された、
眩しいほどに白い太ももが夜風にあらわになる。
『絶景絶景」
そう言って、菅原のうしろからずいっと出てきたのは座間だった。


(4)
「座間、てめぇ!こんなことしてタダですむと思うなよ!」
「いやはや、顕忠。今宵の宴の肴は元気がよいのう」
「まことに、座間様…。でも、これぐらいの生きのよさなければ
 喰らいがいもありません」
「どれどれ、普段は佐為殿が独り占めしているこの珍味を、
 ひとつ賞味させていただくこととするか」
「どうぞ、ごゆるりと」
座間はその言葉に、ヒカルの足の間に立つと、じっくりと星明かりに照らし出された、まだ
幼さの残る肢体を眺めおろした。そのなめるような視線にヒカルは背筋が泡立つような
気味の悪さを覚え、思わずさけんだ。
「見、見世物じゃねぇぞっ!」
「なに、見るものじゃない?それでは、触るものかな?」
喉の奥で笑いながら座間がヒカルの上にのしかかる。
自分の腰から胸へとじっとりと撫で上げる座間の手の感触に、ヒカルは
自分が置かれた本当の状況にようやく気づいた。
殺されると思っていたのだ。佐為への仕返しに。よってたかって殴られるか切られるかして、
なぶり殺されるのだと思っていた。だが、自分が思っていたのと、その「なぶる」の意味合いが
少々違うことに、ヒカルはようやく気づいた。
「や、やめろよ…」
「肴が何か、わめいておるのう」
「いやだ…」
腰から胸を撫で上げた座間の大きな手のひらは、今度は肩から背中に廻り、
背筋をゆっくりと臀部に向かって撫で下ろしていく。
振り払おうにも手足は動かせず、必死で体をよじったが、座間の大きな体にのし掛から
れた状態では、それもたかがしれていた。
竹やぶに引きずりこまれたときから、覚悟はしていた。どうせ殺されるなら近衛の家の名に
恥じない死に方をしよう。命乞いなどするものかと。だが、この状況は……。
座間の骨張った手が、後ろから臀部を割って入り込んでくる。



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