敗着-透硅砂- 3 - 4


(3)
「和谷、それ取って」
「ホイ、」
和谷の部屋で、冴木が空のペットボトルを片付けながら和谷に訊いた。
「なあ、和谷。進藤ってさ…」
「ん?ああ、塔矢が言ってきてたの?とりあえず、俺の家には来てなかったな」
「嘘ついて外泊か。やるな、進藤。アハハ」
「……そんな風には見えねーけどなー…アイツ…」
片付けをする手が止まった。
「…それでさ、和谷…。進藤って…」
「進藤が?どうかしたの?冴木さん」
「……」
「……」
しばらく顔を見合わせていたが、和谷が慌てて言った。
「いねーよー!アイツ、彼女なんて。だってアイツ、全然ガキだし…」
和谷は心中穏やかではなかった。
(俺の名前使って…?)
それには気づかずに冴木が続けた。
「院生の時、そういう子いなかったの?」
「いないいない!あいつ、トーヤトーヤってばっかで、他のこと目に入ってなかったぜ」
「じゃあ学校では?共学だろ?進藤も。そういう話しないの?」
「……」
「……」
黙って顔を見合わせていたが、お互い、触れてはいけないことに触れてしまった気がして、何も言わずに空の弁当箱やパンの袋の片付けを再開した。
(進藤…あいつ…)
和谷が手に持っていた空き缶をペコッと握りつぶした。
(…あいつ……俺より先に…)
「一つ年上」というプライドが、微妙に傷ついた。


(4)
「ヒカル…、ねえ、ヒカルってば!」
「え?」
「え、じゃないわよ。もーお、ボーっとしてぇ!」
あかりの声で我に返る。そうだった。
緒方先生の部屋で塔矢と鉢合わせてからというもの、説明の出来ない気持ちが胸の中でくすぶっていた。
「せっかく来たんだから。進藤、一局打っていってよ。二面打ちでいいからさ」
「わあそれいい!いいでしょ?ヒカル」
「ああ、じゃあ用意しろよ」
腰掛けていた窓枠から立ち上がると、碁盤が置いてある机まで歩いた。
わけもわからず人恋しくなり、放課後に当て所もなく理科室を訪れた自分を、あかりと金子がそれとなく気遣ってくれていた。
「あかりィ、おまえ、石いくつ置く?」
手近にあったイスを引き寄せ座ると、二枚の碁盤を挟んであかりと金子の前に座った。
「…九個、かなあ」
黒石をつまんであかりが答えた。
「もっと置いちゃいなよ、相手はプロなんだから」
金子が石を並べながらあかりの方を見た。
「いいぜ、いくつ置いても。ちゃんとした碁にしてやるから」
「もー!相変わらず憎たらしいこと言うんだからー!」
理科室に笑い声が満ちた。
だけど自分が無理に笑顔をつくっていることが分かっていた。
胸に渦巻いている感情が、「喪失感」と呼ばれるものであることをヒカルは知らなかった。



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