交際 3 - 4
(3)
大きな瞳が自分を見つめていた。月明かりの下で、見るヒカルの姿は何とも言えず愛らしかった。
柔らかそうな髪や、少し開けられた小さな唇に触れたいと思った。華奢な身体は抱きしめたら
折れそうだ。
気がついたら、キスをしていた。目をぱちくりさせているヒカルが可愛くて、もう一度
唇を重ねた。
「や――――!何すんだよぉ!」
ヒカルは社を突き飛ばそうとした。威勢はいいが、声が震えている。
可愛い…社は肩を押さえる手に力を入れた。キスをしようとすると、ヒカルは顔を
背けた。手を顔の前にかざして、社から逃れようとする。ヒカルの震えが、掌から直に
伝わる。
手の力を緩めると、ヒカルは慌てて社から逃れた。大きな目で睨み付けてくる。目尻に
涙が溜まっている。
「なんや…ただの冗談やろ?」
「オ、オレ…オレは…冗談でキスなんかしねえ!」
袖口で涙を拭くと、ヒカルは社に背中を向けた。そのまま、地図を片手に歩き出す。
社はその華奢な後ろ姿を黙って追いかけた。ヒカルに興味がある。もっとヒカルのことを
知りたいと思った。
(4)
立ち止まっては地図を確認し、進んだり戻ったりして漸くアキラの家に辿り着いた。
家の中から漏れる灯りを見たときには、安堵のあまり全身から力が抜けた。
夜道を社と二人きりで歩いている間、ヒカルは心細かった。また、押さえ付けられて、
キスされたらどうしよう…ヒカルの力では社には勝てない。社は冗談だと言っていたけど、
すごく怖かった。黙って後ろからついてくる社を気にしていない風を装いながら、ヒカルは
必死で歩いた。『どこだよ…塔矢ん家…』泣きたくなった。
「進藤。」
社に声をかけられて、ヒカルはビクリと振り返った。
「ちょっと、見してみ。」
そう言って、ヒカルの手から地図をもぎ取る。
「さっき、この目印んとこ通ったで…曲がるとこ、一本間違えたんとちゃうか?」
社は地図をヒカルに返した。ヒカルはあっけにとられてしまった。社の大きな手が自分の
腕を取った。引っ張られるようにして、そのままもと来た道を引き返す。ヒカルは手を
ほどこうとしたが、社の力は強く、ヒカルを離そうとしなかった。
「さっきは悪かったな…せやけど、そんな怖がらんでもええやんか…」
社は素直に謝って、ヒカルを宥めようとした。けれど、ヒカルの身体は緊張で震え、足が
もつれた。
小さく溜息を吐いて、社はヒカルを離してくれた。
暫く歩くと、見覚えのある通りに出た。ヒカルはホッと息を吐いた。チラリと社の方に
目をやった。
社は困ったような顔をしている。ヒカルの態度は頑なで、とりつく島もないからだ。
社の悪ふざけは許せないが、迷子から脱出できたのは彼のお陰だ。
「……助かったよ…」
渋々と礼を言った。途端に、社の表情が明るくなる。鋭い眼差しに合わぬ、人懐こい笑みを浮かべた。
一瞬、その意外な笑顔に目を奪われたが、ヒカルは警戒を解かなかった。アキラの家に
つくまでは、絶対に油断をしないと決めていた。ヒカルにとって、社はまだ得体の相手だった。
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