灑涙雨 (さいるいう) 3 - 4


(3)
「斎宮様はどんな方?お目にかかった事はあったの?」
「ああ、まだお小さい姫様だから、俺みたいな下っ端の警護役にも笑いかけてくれたりして。
乳母君が、はしたないからと叱るんだけどね、それでも翌日には顔を見せてくれて。
本当に可愛らしい姫様だったよ。」
伊勢へ下る旅の様子を語るヒカルに、アキラは微笑みながら耳を傾ける。こうして睦み合いながら他愛
も無い話をする事ができるのが嬉しくて、小さく笑いながら、彼の胸元を擽った。こら、と押さえようとする
手を逆に捕らえて、指先にそっと唇で触れる。くちづけたまま、そっと上目遣いに彼を窺い見ると、自分
を見る彼の目はもう笑ってはいなく、熱い熱を帯びている。その眼差しを受けるだけで胸が痺れるように
感じた。引き寄せられるままにまた唇と唇を重ね、重なり合った胸の間で響く自分と彼の鼓動を感じて
いると、満ち足りた幸福感で胸がいっぱいになる。
そうして静かに寄り添いあっていると、ふと外から、ぱらぱらと乾いた土に雨の当たる音が聞こえてきた。
やはり降ってきたようだ。
先ほどまで暑苦しく淀んでいた空気も雨の訪れで動き出したようで、清涼な風が室内に流れ込んできた。
空気の流れを感じとろうと、ヒカルは身体を起こして脱ぎ捨てた単を軽く羽織った。
「雨だね。」
「そうだね。」


(4)
彼も身を起こし、単を羽織って立ち上がり、雨に誘われるように部屋を出て、庭に面した廊下に立った。
ヒカルも後をついて彼の横に立ち、静かに降りしきる雨を眺める。
「やはり降ってしまったな。」
雨が降れば涼しくなっていいと思っていたヒカルは、少し残念そうなアキラの声の調子を不思議に思う。
その様子に気付いて、アキラは振り返って、ヒカルに微笑みかけていった。
「今日は7月7日だから。」
そしてまた視線を庭に戻し、静かに降る雨を見ながら言う。
「今日降る雨を灑涙雨と呼ぶんだ。涙を灑(そそ)ぐ雨、と。
この雨に一年に一度の逢瀬を妨げられた恋人同士が悲しみの涙を灑ぐだと。」
アキラの言葉に、ヒカルは今日が七夕だった事に気付く。
「そうか、雨が降ると逢えないんだっけ。」
幼い頃に聞いた、織姫と牽牛の御伽噺を思い出す。
「今日が駄目ならまた一年逢えないのかあ。」
そうして庭に目を戻すと、雨は変わらずさあさあと降り続いている。
空を見上げても星の見えようはずもない。黒い空からただ雨粒だけが絶えず降り注いでいて、夏の夕立
というのに静かに降りしきる雨は、確かに恋人たちの流す悲しみの涙のようにも見えた。



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