残照 3 - 4
(3)
何を言うつもりなのか、自分でも分かっていなかった。
ただ、何かを伝えなければいけないと、そう思って行洋の部屋を訪ねた。
ドアをノックすると、中から誰何の声が聞こえた。自分の名を告げると、部屋の主は少し驚いた
顔でヒカルを迎え入れた。
ヒカルの泊まっているシングルルームよりは、随分と広いその部屋を、ヒカルは見回した。
以前に行洋が入院していた部屋を訪れたときにも、その豪華さにびっくりした事を思い出した。
何かを言わなければと思い、けれど言葉が出てこずに逡巡しているヒカルに、行洋はソファに
座るように促した。
「お茶でも飲むかね?」
行洋がゆっくりと丁寧に煎れた煎茶を一口飲んで、ヒカルは思わず声を漏らした。
「美味しい…」
熱すぎず、けれどぬるくもなく、ほのかな甘さが喉にしみいるような味だった。
今まで自分が飲んできたお茶は、これに比べたら色と多少の味がついたお湯のようなものだ。
「オレ、こんなの、はじめて飲んだ。」
ゆっくりと味わいながら、そのお茶を飲んだ。
「お茶って、こんな味するもんだったんだぁ…」
行洋は半ば苦笑してヒカルを見た。
そしてお茶を飲み干して顔を上げたヒカルに、行洋はここに来た理由を話すように無言で促した。
行洋の鋭い視線にヒカルは目を泳がせ、そして下を向いてしまった。
言葉にはしなくても、行洋の沈黙には威圧感があった。その空気にヒカルは圧された。
「…ごめんなさい、塔矢先生、」
俯いたまま、搾り出すように、ヒカルは言った。
(4)
「…ごめんなさい。」
消え入りそうな声で、もう一度繰り返す。
他に何が言えるだろう?
これ以上、何が言えるだろう?
そう思って、泣きそうな顔で行洋を見上げた。
静かな、真っ直ぐな、けれど問うような眼差しで、行洋はヒカルを見下ろしていた。
その視線に、この眼から逃げる事は出来ないのだと悟る。
逃げられないとわかっていたからこそ、ここに来たのではないか?
事実を告げるために、そのためにここに来たのではないか?
だからヒカルは、もう一度、勇気を振り絞って、やっとの思いでそれを口にした。
「saiは…もう、いないんです。」
もう、いない。
言ってしまった。
認めてしまった。
もう、佐為はどこにもいないのだと。
改めて言葉にしてしまった事で、佐為を失った時の苦しみがヒカルの中に蘇る。
「アイツも、すごく、先生と打ちたがってました。でも、」
そうだ。あの時も佐為は言っていた。もう、自分には時間が無いのだ、と。
それをいつものワガママと思って聞き流していた。いつかまた、打たせてやる、と。
でも本当に、そんな時間はなかったのだ。「その内きっと」と、そんな時は訪れなかった。
「オレが…アイツの言う事をちゃんと聞いてなかったから…
そしたら、こんな事にはならなかったのに…」
声が震え、涙があふれそうになっている事にも、ヒカル自身、気付いていなかった。
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