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(3)
それから数時間後、彼等は高校から若干離れた場所にあるファミリーレストランに居た。
金銭的なお礼は出来ないからせめて、と言われると無下に断る事も出来ない。
両親は不在のため夜遅くなる事に関しては連絡を入れる必要も無し、とりあえず好意は受
け取っておく事にした。
食事も終わり、食後のお茶を楽しみながら近くに座ったもの同士で話していたアキラの目
に、何気なくヒカルの姿が留まった。
彼もまた隣に座った少女と話していたのだが、その様子はかなり親しげなものに見えた。
違う方向に目をやると彼の幼馴染み、藤崎あかりもまたヒカルの方を見ていて、だがその
顔にはうっすらと不満の色が表れている。
アキラがまたヒカルの方へ目を向けたその瞬間。
ヒカルが、何かに気付いたように話し掛けていた少女の前髪に触れた。
ガタン、大きく椅子が鳴り。
その場の一同が静まり返ると、彼女は「ちょっと、お化粧直してくる」と言って足早に化
粧室に向かった。
ヒカルはキョトンとしていたが、彼女がヒカルの行動に驚いて立ち上がったのは明白だ。
立ち去る際に盗み見た顔は真っ赤だった。
その後、「まだ打ち足りない」とごねるヒカルに「じゃあ、うちにくる?」とアキラが聞
いたのは、なんの気まぐれだったのか。
結局、その晩ヒカルはアキラの家に泊まる事となった。
(4)
帰りの電車の中。
アキラの中に不意に先ほど見た場面が蘇って来て、酷く断片的な言葉をヒカルに投げかけ
た。
案の定ヒカルには伝わらなかったらしい、その口からは意味もない疑問系の音が発せられ
る。
どういえばいいのか、珍しくアキラがややどもりながらも言葉を選び選び話すも、やはり
話の内容はヒカルの頭の中で一向にクリアになってこないらしい。
本当に、全く自覚がないのだろうか、とアキラは思う。
自分と他人との距離というものは無意識下にも表れるものだ。
初対面という程ではないが、決して仲が良いという訳でもない異性に近付くには、それな
りに抵抗があるのが普通じゃないだろうか。
ヒカルとその少女の間の距離は、友達から一歩先に進んだ関係の距離に見えた。
勿論それはアキラの目に、という事ではなく、世間一般の人が見たとしても多分同じ事だ
ろう。
思えばヒカルの隣に座っていた少女は話している始終落ち着かなそうだった。
椅子ではなくソファ側に座ってしまった事にも原因はあるのかも知れない。
アキラにとってそれは何故だか、思い起こしてみてもあまり嬉しくない映像だった。
結局その会話は彼が一方的に沈黙したままに終わってしまい、電車を降りる頃にはすっか
り不機嫌な塔矢アキラが出来上がっていた。
「なー、何怒ってんだよ?」
何かを訴えるような怒りの視線に、居心地の悪いヒカルが、ふて腐れたような声で問いか
けた。
折角良い気持ちのまんま碁が打てると思ったのになーと、続けて小さくぼやくのがアキラ
にも聞こえる。
二人で碁を打つ度に喧嘩している記憶は、彼の頭には残っていないらしい。
まぁ、確かに打つ前から機嫌が悪い、なんて事は無いのだが。
大体何故自分がこんなに不機嫌なのかがアキラには解らなかった。
が、あえてその理由は考えない事にした。
きっと、その答えは自分にとって面白く無い事だからだ。
多分。
なんとなく。
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