S・W・A・N 3 - 5
(3)
「あ、あ、あ、アキラ君・・・っ!」
下半身にありったけの力を込め声を上擦らせながらせいじはアキラの名を呼んだ。
「うん?」
本の上に視線を落としたままの、気のない返事が返ってくる。
その冷たいうつくしい横顔に自分の窮状が伝わるように、せいじは力一杯訴えた。
「あ、アキラ君っ!せいじもう我慢できないよう」
アキラは本をパタンと閉じて傍らのマガジンラックに放り込み、
回転式の椅子をゆっくりと回してせいじのほうを向いた。
スラリと伸びた美しい脚が膝の所で組まれて、ぶらぶらとせいじの気持ちを弄ぶように揺れる。
あでやかな赤い唇を軽侮の形に歪めてアキラは言った。
「何が我慢できないの?ちゃんと言葉にして言ってごらんよ」
「せ、せいじ運子がしたくて我慢できない。運子がしたいよう」
羞恥を感じる心などとうに失くしていた。
ただ自分の下腹部を突き上げるこの悪魔のような衝動を外に出して苦しみから解放されたい。
それだけだった。
(4)
「そう。本当は臭いが籠もるからベランダでして欲しいんだけど、
今日は寒いから外に出てもらうのは可哀相だね。
じゃあ、してもいいよ、ここで。ただし、白鳥さんからこぼれないようにお願いするよ」
「本当に?後で怒らない?」
「したいの、したくないの?キミがくどいと、見ていてあげないよ」
「する!せいじする。アキラ君、ちゃんと見ててね」
せいじの顔が、我慢のためだけではなく上気してバラ色に染まった。
たくさん我慢して良い運子を出した時は、アキラはいつも心底嫌そうな顔をして
せいじの頬をピシャリと叩く。
秀麗な顔に浮かぶ嫌悪の表情と白魚の手によって与えられる痛みとが
せいじにとっては最高のご褒美なのだった。
今日は我慢してだいぶ経つから、きっとたくさん出る。
それを見てアキラはどんな嫌な顔をするだろう。
どんなに無慈悲にせいじのほっぺたを引っぱたいてくれるだろう。
嗜虐にも自虐にも似た期待感に唇を震わせながら、
せいじは白鳥さんの長い首の横についている取っ手にしがみついた。
アキラの苦々しい視線を感じながら、満面の笑みでせいじは肛門を引き締める力を抜いた。
だがどうしたことだろう。
あれほど待ち望んだ解放の瞬間だというのに、力を抜いても何も起こらない。
そんな馬鹿な、焦って息んでも自分のお尻と白鳥さんの間にある冷ややかな空気を感じるだけだ。
アキラが舌打ちして立ち上がる。
そのままスタスタと、無情な美しい足取りで部屋から出て行ってしまう。
あっ、待って!アキラ君、これは何かの間違いだから、
今から頑張ってたくさん出すから!アキラ君ー!
(5)
ハッと目が覚めると、全身に脂汗をかいていた。
隣を見るとアキラが満ち足りた美しい寝顔で安らかな吐息を立てている。
今宵、ベッドの周囲にはムチやピンヒールや蝶々を模した黒い仮面が転がっていた。
たまにはこんな趣向もと思って緒方が用意したSMセットが気に入ったらしく
今日のアキラはその手のプレイが初めてとは思えない一流の女王様っぷりを魅せてくれた。
縛り上げられムチ打たれた背中がヒリヒリと痛むが、
その後で黒い網タイツにガーターベルトなどというマニアックな格好をしたアキラに
いい思いもさせてもらったし、などと寝顔を見ながらついニヤケそうになった瞬間、
下腹部をキリキリと突き上げる鈍い痛みがあった。
慌ててベッドを抜け出しトイレに駆け込む。
背後でアキラが「ん・・・」と寝返りを打つ音が聞こえた。
思い起こせば十数年前、師匠の家でトイレに籠もっていた時
幼いアキラがいきなり鍵の掛かっていないドアを開けて乱入してきたことがあった。
当時トイレトレーニングが済んだばかりだったアキラは、すっかりお兄さんになった
気分だったらしい。
自分が母親にされていたのと同じように便座に腰掛けた緒方の膝に小さな手をかけ
ニコニコと励ましてくれるアキラの前で、緒方は出る物も出なくなってしまったのだ。
あの時の思い出と今日の珍しいプレイと、たまたま起こった便意とが混ざり合って
あんな奇妙な夢を見てしまったのだろう。
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