sai包囲網・緒方編 3 - 6


(3)
 恋人である進藤ヒカルから一泊二日のセミナーで緒方と一緒になると
聞かされ、アキラはひどく不安を覚えた。思わずボクが代わりに行こ
うかとまで切り出しそうになる。
「大丈夫だって、緒方先生と二人きりってわけじゃないんだしさ」
 そう言うヒカルだが、実は自分よりも不安がってるのが見て取れて、
アキラは端正な顔を顰めた。
「でも・・・」
「緒方先生は公開対局があって忙しいと思うし、オレにかまってる暇なん
てないと思うよ」
「そうだね」
 ここでアキラが何を言ってもヒカルを不安がらせるだけだ。見た目は
元気いっぱいなヒカルだが、ときどきあらぬ方向を見上げたまま考え込
むような表情をしていることもある。そんなときの彼は、ぎゅっと抱き
締めてその存在を確かめてみたくなるほど、危うい感じがした。
「進藤・・・」
「塔矢?」
 小さなヒカルの頬を両手で挟み込むようにしてキスを贈る。
「ん・・・」
「ん、ふ・・・」
 忍び込んで来る舌先に、おずおずとだがヒカルもキスを返す。
 佐為が見てるのに恥ずかしいなと思ったのは、最初の何度かだけで、
今はすっかり馴れてしまった。さすがに二年以上も佐為と同居していた
わけではない。一々恥ずかしがっていたのでは、トイレにも風呂にも行け
なくなってしまう。佐為を蔑ろにしているわけではなく、ヒカルにでき
る唯一の自己防衛だった。
 それに、これから先、佐為とはずっと一緒に生きていくんだもんな。


(4)
 アキラには強がって見せたものの、ヒカルもやはり不安だった。
 病院で、自分に迫った緒方の剣幕はすごいものだった。今までアキラ
にさえバレなければと思っていたが、そうは簡単にいかないようだ。
 それにここのところ佐為の様子が変だ。幽霊だというのに喜怒哀楽が
激しいのは以前からだが、最近は酷く情緒不安定だった。
 いったいいつからだろうと振り返ってみると、塔矢名人との一局の頃
だと思い当たった。念願の名人との対局が叶ったというのに、何が不満
だっていうんだ。
『もうすぐ私は、消えるんです!』
 おまけに祖父の蔵の中ではこんなことを言い出す始末で、ヒカルは思
わずため息をつきたくなる。幽霊とはいえ千年も過ごした佐為が消える
なんて考えもつかない。佐為は自分の寿命が費えたらまたどこかの碁盤
に眠って四人目を待つ。虎次郎(秀策)の時代とは違って、今の日本人
は長寿だから、それすらもっとずっと先の話。ヒカルはそう思っていた。
『佐為、お前が落ち込んでると、オレまで気が滅入って来るんだからな』
『・・・』
 佐為と会ったばかりの頃は、佐為の感情がダイレクトに伝わってその
激しさに小学生のヒカルは耐えられず嘔吐までしてしまったものだが、
ヒカル自身が馴れたのかそれとも佐為が感情をセーブできるようになっ
たのか、以前ほど佐為に左右されなくなった。
 それが、いいことばかりではないことにヒカルが気がつくのは、もっと
先になる。
「塔矢に土産でも買って行ってやろっかなー」
 そう思うと、初めての泊まりでの指導碁に、ヒカルは緒方からの追求
に不安を感じながらも、少しだけ気持ちが暖かくなるのだった。


(5)
「緒方先生、やめて!緒方、先生っ!!」
 追い詰められたヒカルの叫び声が浴室に響き渡り、すぐに大きな手で
口を押さえられた。んっ、うんっとしか声が出なくなっても、ヒカルは
頭を振ることによって緒方に拒否を示す。
 大浴場に比べれば狭い浴室の中、頭上から降り注ぐシャワーの湯に打
たれ、ヒカルの肌はほんのりと薄桃色に色づき、柔らかくおいしそうな
果実を思わせる。
 必死に抵抗してみても、ヒカルと緒方では上背も力も違う。そう体格
の変わらないアキラにさえ、あの日、簡単に組み敷かれたことを思い出
して、ヒカルは背筋が凍るような気がした。
 そして、そんなヒカルをただ見ていることしかできない佐為も、その
端正な顔を歪めていた。
『あぁ、ヒカル。私が、この者と打ちたいなどと、言わなければ…』
 せめて緒方の碁打ちとしての思いに応えたいと、ヒカルに無理を承知
で頼んだときは、まさかこんなことになるとは思わなかったのだ。

「こんな時間まで打ってるのか?もう夜も遅いぜ」
 突然後ろからかけられた声に、ヒカルは飛び上がらんばかりに驚いた。
昼間は緒方から逃げ回っていたヒカルだったが、風呂上がりにジャージ
に着替え指導碁を打つ頃には、大広間に緒方の姿がないこともあって、
すっかり油断し切っていた。
 緒方はかなり酔っているようだったが、saiへの追求までは忘れて
くれないようだ。いかさまジャンケンを持ちかけられ、病院と同じよう
にsaiと打たせろと迫られた。


(6)
 ヒカルはもちろんどこまでもとぼけ倒すつもりだった。アキラにさえ
自分とsaiは無関係で通したのに、ここで緒方に尻尾を掴まれるわけ
にはいかない。緒方の口からやはり進藤は怪しいとでも伝われば、また
アキラにどんな仕置きをされるか分かったものではない。触らぬ塔矢に
祟りなし。佐為というりっぱな幽霊を背負ってるにも関わらず、ヒカル
には怒りのあまり生霊と化しそうなアキラの方が怖いようだ。
 しかし、今日は佐為の態度が少し違っていた。緒方と打ちたいと告げ
て来た。またワガママをと返したヒカルだったが、佐為にせめて緒方の
思いに応えてやりたいと言われ、気持ちが揺らいだ。緒方が酷く酔って
いたせいもあり、うまく誤魔化せるかもと考えたのだ。
 オレと一局打って欲しいと持ちかけると、緒方はすんなりと受けた。
緒方は機嫌が良さそうだった。十段になった喜びが湧いてきたというの
は、あながちオーバーな言い分でもなさそうだ。
 せっかく緒方と打てるのというのに表情を硬くしたままの佐為が気には
なったが、勧められるまま緒方と芦原の部屋へ赴き、一局打った。ここ
でも、緒方はsaiの名を口にした。どうやら緒方のsaiへの執着は
アキラ並のようだ。
「なァ進藤、さっきも言ったが、saiと打たせろ」
「オレでガマンしてよ」
 と軽く返したが、いつかはsaiと打ってやるぞと虎視眈々とヒカル
の隙を狙ってるようにも見える。
 ヒカルの先番で始まった一局は、緒方が死活を間違ったこともあり、
佐為の勝利で終わった。石を片付け始めるヒカルに、
「練達な打ち筋…そうだ…まるで…saiと打ったような………」
 と呟く緒方にどきりとしたが、どうやら酒を飲んでの対局ということ
で収まりそうだ。部屋に芦原がいることもあり、ヒカルはすっかり警戒
心を解いていた。



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