隙間 3 - 6


(3)
ヒカルが緒方の部屋を訪れるのは、決まって佐為の夢を見た後だった。
勿論、緒方はそんな事情など知らない。ただ、佐為を恋しがって感情を持て余すヒカルが
最初に訪れたのが緒方だっただけだ。緒方はヒカル以外に最後に佐為と対局した棋士だった。
追い詰められたヒカルは緒方に、この寂寥感を埋める方法を、佐為の事は持ち出さずに
緒方に相談した。緒方は簡単だと言った。心の隙間は体で補えば良い。
「俺が教えてやるよ」
そう言った緒方の目は、ヒカルにはこの上なく優しく映った。
例えそれがどんなに非常識な事であっても、毎夜訪れる佐為を失った寂しさを忘れられるなら、
どんな代償も払えると。服を脱がされ、男としての屈辱は快感に溶かされ、羞恥は快楽に飲み込まれて
いった。ヒカルは女を知る前にsexを緒方に教えられた。
それからは、事ある毎に緒方の部屋の前に立つヒカルがいた。
佐為の夢は口実なのかも知れなかった。緒方に、教え込まれた淫猥な行為を懇願するための。


(4)
「全部脱ぐんだよ」
緒方は下着一枚残して躊躇するヒカルに容赦ない言葉を叩きつける。
ヒカルは恥ずかしがって俯いたままふるふると震えるだけだ。
そんなヒカルにテーブルを挟んだソファに座っていた緒方は唐突にあおっていたグラスの
中身をヒカルの下着にぶちまける。ウィスキーの冷たさにヒカルは「ひゃっ」っと悲鳴を上げた。
「そら、脱ぎやすくなったろう?早くしろよ、俺は気が長い方じゃないんでな」
ヒカルは泣きそうに顔を歪めて、ゆっくりと下着を下ろした。
そのペニスは緒方の言葉に反応したのか、ゆるく立ちあがっていた。
ヒカルは慌てて股間を隠して、震えて耳まで真っ赤にしながら緒方の言葉を待っている。
「ふん、もう感じているのか?まったくイヤらしい奴だ、未成年のくせにな。ハハハッ!」
緒方の揶揄もヒカルは甘んじて受けるしかない。我慢しきれなくなったヒカルは
空になったグラスにまた酒を注ぎ始めた緒方にすがるような視線を送る。
「お、が…た…さぁん…」
「ン?焦るなよ…俺はもうちょっと飲みたいんだ。じゃあまずお前、一人でやって見せろ」


(5)
緒方の非情な言葉に、ヒカルは泣きそうな顔で「できない」と言うように首を振る。
「何だ?俺は別にどうでもいいんだ。それじゃあ、もう帰るんだな?」
突き放すような態度に、ヒカルはそれも嫌だと視線を送るが、緒方は黙ったままだ。
やがて意を決したように、そろそろと自分のペニスに手をかけると、へたり込むように座って、
ヒカルは緒方の目の前で、マスターベーションをし始めた。
うつむいて歯を食いしばって声を抑えていたヒカルだが、我慢しきれず吐息と嬌声が入り混じる。
「うっ……、あっ…はぁっ…」
だんだんと手を汚す己のカウパー腺液がヒカルの手の動きを助け、快感を引き出してきた。
その時、ヒカルのオナニーをただ黙って見ているだけだった緒方がソファから立ちあがり、
座り込むヒカルの前に立つと、おもむろにペニスを扱いていたヒカルの手ごとその濡れた股間を
足で強く抑えつけ、その動きを止めた。
「うあっ…!ヤ…ッ、ヤメ……っ、アッ!ぉ…がたさぁん!」
ヒカルは強い抗議の声を上げたが、体では逆らう事が出来ない。
緒方は口元に微笑を浮かべたまま、ぐりぐりと足を股間に押し付けながら、楽しそうにヒカルに問うた。
「誰のことを考えながら弄ってるんだ?え?言ってみろ、進藤」


(6)
ヒカルは最初、聞かれた意味が判らなかった。快感に溺れかけていた脳は、
思考の判別を鈍らせた。が、更に強く股間を抑えつけられて、やっとの事で声を上げる。
「…なにも…、そんなの…わかんな…いって、お願い…はなしてぇ…」
ペニスを夢中で弄っていたヒカルにとってその言葉は真実だったが、緒方は満足せず、
ニヤニヤと嫌らしい笑いを張り付かせて問い詰めるようにしてきた。
「アキラ君のことか?最近仲が良いらしいじゃないか、え?どうなんだ」
「ち、ちが…!とうや…塔矢は…俺達は……そんな…ん…じゃな…」
そうだ、塔矢アキラはライバルだ。一生懸けて渡り合う、大事なライバルだと。
何故ここでその名が出てくるのか、ヒカルには不思議だった。
アキラとはこんな事をしたこともないし、話題にさえしたことがない。
「気付いてないのか?アキラ君はお前の事をいつも物欲しそうな目で見ているじゃないか」
「う、ウソだ…そんな…の…、ハァッ、と…うや、とうやは…ッ」
「ククク、どうだかな。アキラ君はどう思うかなぁ…進藤が俺とこんな事をしているなんて」
「や!やめて……やだ…」
ヒカルは怖くなった。アキラに知られたら、軽蔑されるどころじゃない、きっともう二度と顔を
会わせる事なんて出来ない。もう二度とあいつと打てない…?
「フフ、心配するな。言わないよ…俺がアキラ君に殺されてしまう…ハハハ」
楽しそうに笑う緒方を見上げながら、ヒカルは中途半端に堰き止められた快感に体を震わせる。
と、緒方の足の抑制が少し緩んでホッと息をつく。それでも緒方の追及は止まない。
「ククク、それじゃあ”sai”か?”sai”の事を考えていたんだろう?お前は」
その名前に、ヒカルは心臓を鷲掴みにされたように息を詰めた。



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