落日 30


(30)
悔しい。
悔しい、悔しい。どれほど想っても、それでも超えられないのか。
応えてくれたと思ったのは身体だけで、心はそれでもあの人のものなのか。
それならばなぜ。
「だったらどうして俺に抱きついたりするんだよ!どうして伊角さんに抱かれたりするんだよ…っ!」
「だ、って、」
「どうしてなんだよ!俺なんか好きじゃないっていうんなら、」
「ごめ…」
「謝るなよッ!!」
握り締めた手から彼の震えが伝わる。大きな瞳は更に大きく見開かれ、涙を溜めた睫毛がやはり
震えていた。この手も、眼差しも、自分のものではないのに、自分など求めてもいないのに、なぜ
自分の方はこんなにも彼を求めてやまないのだろう。
彼の眼差しを受け止めているのが辛くて、視線を断ち切るように彼の肩に顔を埋めて、その細い
身体をかき抱いた。
「ヒカル……ヒカル、好きだ。好きなんだ。おまえが。」
ほの甘い彼の体臭に、髪の香りに眩暈がする。まだ、昨日までは、彼が逝ってしまった人を未だ想っ
ていると知っていても、それでもまだ耐えられた。こうして月日を重ねてゆけばいつかはこちらを向い
てくれるのだろうと、他愛もなく信じていた。
少なくとも、寒さに震える彼を抱き、冷たく冷えた彼の身体を暖めている自分は、彼にとっても何らか
の特別な想いがあるのだろうと、根拠もなく信じていた。それが自分だけではないなどと、思いつく筈
も無かった。
「ヒカル……」
彼の名を呼びながら首筋に唇を寄せると、彼の身体がぴくりと震えた。
拒絶されても構わぬ、そう思っていたのに、拒絶もされない事が、昨夜から彼の中で巣食っていた獣
を目覚めさせた。彼の身体を床に倒し、襟元を強引に開くと、そこには別の男の口付けの痕が鮮烈
に残されていた。白い肌に残る紅い標しに、カッと頭の中が燃え上がった。怒りのままに引き裂かん
ばかりに彼の衣を剥ぎ取った。



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