失楽園 30
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息苦しさを感じたヒカルは救いをグラスに求め、真っ赤な液体を口に含んだ。オレンジジュー
スと言われても、そしてそれを納得していても、視覚から感じるそれはトマトジュースのそれだっ
たが、口全体で感じる味は多少濃い目のオレンジジュースそのものだった。
「……美味いか?」
緒方は2杯目を注ぐつもりでいるのか、身を乗り出してテーブルの上の瓶を掴んでいる。確か
に美味く感じられる味だったが、小さく首を振ることでヒカルは否定の意を伝えた。
「そうか」
瓶をテーブルに戻し、緒方は途端に興味を失くしたような顔で頷く。
「アキラくんはこれが好きなんだがな…」
懐古するような眼差しでラベルを眺めていた緒方が口にする『アキラくん』という言葉がいか
にも言いなれた風で、ヒカルはギリと奥歯を噛み締めた。
ボクは所詮、緒方さんの愛人に過ぎないから。――いつだったかのアキラがそう言っていたこ
とを、ヒカルは覚えている。聞きなれない『愛人』という響きや、その言葉が瞬時に知らしめた
2人の理解しがたい関係、珍しく自嘲気味なアキラの様子――それら全てが、映画のシーンのよ
うに浮かび上がってくる。
「やっぱ塔矢のために冷蔵庫に入れてたんじゃねーか。アイツのこと、愛人扱いしてたんだろ?
遊びで振り回してただけなのに……、なんでそんな風に――」
独占欲を持つんだ? 優しい声でアキラの名を呼ぶんだ?
ヒカルは両手で髪の毛を掻き回した。そうすることで自身の混乱を落ち着かせることができる
と信じているかのように激しく。
「遊び?」
ヒカルの呟きを聞きとがめたのか、緒方は目を眇め脚を組み替えた。
「オマエは辞書の一つも引いたことがないのか」
あまり賢そうには見えないが、もしかして本当にバカなのか? 緒方は溜息交じりに呟くと、
手にしていた煙草を灰皿にねじ込んだ。
「バ…バカで悪かっ」
「……彼を」
ヒカルの後ろにあるドアにちらりと視線を投げ、緒方は苦笑にも似た笑みを口の端に刻む。
「彼を、愛しているよ。――好きだとか、恋とか、そんなもんじゃない。そんな生ぬるい感情
なんかじゃないんだ」
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