うたかた 30
(30)
あれは確か、ヒカルが手合いに復帰したての頃だ。
「大丈夫か、進藤!!」
連絡を受けて行った棋院で用事を済ませ、駐車場へ戻りかけた冴木の耳に、よく知った声が飛び込んできた。
ひょい、と植え込みの向こうを覗くと、右足を押さえてうずくまっているヒカルと、ヒカルの肩に手を置く和谷が見える。
「どうしたんだ?二人とも。」
「あっ冴木さん!進藤のヤツがそこの段差で転んで、足くじいたみたいなんだ。」
「捻挫か?ちょっと見せてごらん、進藤。」
学ランのズボンの裾を捲ると、ヒカルの足首は紫色に腫れ上がっていた。
「折れてるかもしれないな。和谷、オレの車のドア開けてきて。」
キーを和谷に渡し、冴木はヒカルを抱きかかえた。ヒカルは恥ずかしがって暴れたが、身動きするとますます足が痛むらしく、すぐに大人しくなった。
ヒカルを助手席に、和谷を後部座席に乗せて、近くの病院へと車を発進させる。和谷は帰ってもいいと言ったのだが、ヒカルが転んだ原因は自分にもあるから、と責任を感じてついてきたのだった。
原因と言っても、いつも通り二人でふざけ合っていただけらしいが。 昔から和谷は人一倍責任感が強い。というより、少し自分を責めすぎる傾向がある。
「大したこと無いといいな。」
ヒカルと和谷のどちらに向けた言葉なのか自分でもわからないまま、冴木はアクセルを踏みしめた。
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