失着点・龍界編 30 - 31
(30)
夜になって、自宅に戻ったヒカルは家の前に伊角と和谷が居て驚いた。
「事故にあったんだってな。心配したよ…。」
そう言う伊角の横を何も言わず通り過ぎようとしたが、和谷に呼び止められ、
アキラの伝言を聞かされて驚く。
「それは…いつの事!?」
今にも掴み掛かってきそうなヒカルの形相に和谷は竦むように答える。
「に、2時間程前だけど…?直ぐにオレ達、お前に伝えようと思って、
病院にも棋院会館にも行ったんだけど…」
しまった、とヒカルは悔やんだ。
病院を出た後、母親と棋院会館には挨拶に立ち寄った。重ねて心配をかけた
事を棋院の関係者に詫びに。その後祖父の家で食事をしていたのだ。
駆け出して行こうとするヒカルに母親が驚いて声をかける。
「どこに行くの!?ヒカル!!」
「…オレ、行かなくちゃいけないんだ…!」
母親を振り切って家を出る。ヒカルのその様子に伊角と和谷も
駆け出し、走ってついて来る。
「いったいどうしたって言うんだよ!進藤!」
今は細かい事にこだわっている場合じゃなかった。
「塔矢が…危ないんだ…。」
「え…?」
伊角と和谷が顔を見合わした。
(31)
一方、
「龍山」を出た後、沢淵の名が記憶のどこかに引っ掛かり、後で棋院会館で
その事を調べようと思った緒方だったが、碁会所に着いてアキラがまだ来て
いない事を知った。
予定の指導碁に取りかかるものの、30分、一時間と待ってもアキラが
現れず、市河らが心配する会話をし始めた。
「…学校で居残りでもしているかな。迎えに行ってみるよ。」
指導碁を切り上げ、周囲を不安がらせないように緒方は冷静に声を掛けて
碁会所を出て、自宅、学校、そして棋院会館と一通り探す。
だが、アキラの姿はどこにもなかった。
ふと、「龍山」で対局中に沢淵が何かを耳打ちされていた場面が頭の中を
よぎった。
「…まさ…か…」
車を運転しながらも緒方はハンドルを握る手から血の気が引いていく
感じがした。
「アキ…ラ…!!」
そしてもう一度「龍山」に行くが、沢淵の姿はなく、「何か忘れ物でも?」
と対応する席亭を押し退けて奥を覗く。そこには先の客と打つ三谷の姿が
あった。あの後何度か対局し勝ち続けているらしい。
「もう諦めたら…?」
相手を挑発するように三谷は椅子にもたれかかって胸のボタンを開けた
シャツの隙間から白い胸を見せ、けだるそうにため息をつく。
それが彼のここでの「役割」なのだろう。
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