社妄想(仮) 31


(31)
アキラは先程の事を気にするのはやめようと思った。
ヒカルが変ろうが変るまいが、多分その全てをひっくるめて彼を愛しているのだから。
「塔矢、オレ先にいくな」
ヒカルがジーパンをぱたぱたと叩きながら言った。
目を見ると彼はもう臨戦態勢だった。
先程まで婀娜めいた表情を浮かべて、自分と肌を合わせていた者と同一人物とは思い難い、
その射抜くようなまっすぐな鋭い眼差し。
アキラはヒカルの勝負師としての目が好きだ。
綺麗だと思う。
勝負に挑む時のヒカルは、通常の愛らしく元気な少年の面影を潜めてしまう。
清廉で秀麗なその顏には、一種尊ささえ漂って。
それが対局に臨む故の表情だと思うと、対局相手に軽い嫉妬を覚える。
アキラが以前その事を告げた時、ヒカルは笑って「馬鹿」と言った。
でもそこに浮かんだ表情は愛しくて仕方ないといったもの。
その時、アキラの中に自分は愛されているのだという実感がじんわりと染み込んできて、
胸が熱くなったのだ。
「じゃあ」
そう言って背中を向けたヒカルはドアを開ける一歩手前で足を止めた。
「オレ、塔矢の事、好きだよ」
そして一瞬の、奇妙な間。
ヒカルの背中はドアの向こうに消えた。
瞬間。
アキラが今まで感じていた違和感が彼の中でくっきりと形を成した。
ヒカルは、自分に何かを隠している────。
好きだといったその後、アキラには『……でも、』と何かヒカルが言葉を続けようとしたように聞こえた。
紙に溢れたインクがじわじわと広がっていくような。
そんな漠然とした不安を抱えて、アキラは暫くそこに立ち尽くしていた。

                          <了>



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