誘惑 第三部 31
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シャワーの栓をひねってお湯を止めると、アキラは壁に手をついて、肩で大きく息をした。
それからゆっくりと息を整えてから目を開いた。
ふらつく足元をこらえながら身体を拭いていると、ノックの音が聞こえた。
「…塔矢、大丈夫か?」
小さなドアの隙間から心配そうに覗き込んだ顔に、
「何だ?やっぱり一緒に入るのか?」
ふざけた様に言ってやると、ヒカルは真面目な顔で正面から睨みつけてきた。
「おまえ、そんな風に笑って誤魔化せるとでも思ってるのかよ。
さっきだって、今だってふらついてて、顔色だってそんなに悪いくせに。」
本気で怒りかけているヒカルが嬉しくて、アキラはここは素直になってみようかと思う。
「ごめん、心配かけて。ありがとう。」
と、ヒカルに微笑みかけて、手渡された服を素直に着込み、ヒカルにもたれかかるように歩いて部屋へ
戻った。そして、コンビニで買ってきたと思われる食糧が並んでいる小さなテーブルの前に並んで腰を
下ろすと、アキラはヒカルの肩に頭を乗せて、ふうっと息をついた。
「やっぱ、おまえ、疲れてるんだろ。今日は一日休んでたほうがいい。」
「うん。」
「今日ぐらいは何の予定もないんだろ?」
「うん。」
「とりあえずさ、メシ食おう?何が食える?何が食いたい?」
「う…ん、」
「食欲ないのかも知んないけどさ、ちゃんと食べなきゃダメだぞ。そんなに痩せちまって…」
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