白と黒の宴4 31 - 32
(31)
「そんなことねえよ!」
反発するようにヒカルが声を荒げるが、勢いがあるのは最初だけだ。
「弱気じゃねエ、…弱気なんかじゃねエンだ…!!」
はっきり動揺した表情でヒカルは俯く。
「何だあ?部屋の中まで聞こえてきたぞ。」
一旦部屋に入った社が騒ぎに顔を出したが、それ構わずアキラはヒカルを睨み据える。
一時期、理由が分からないがヒカルが囲碁から離れた時に拒食症だったのではと噂が出る程
ヒカルは体重を落としていた。その頃を思うと今はかなり健康的に回復している。
だが不安げに俯くヒカルの首筋から肩にかけてのラインはとても華奢で繊細で、アキラでも
少女のようだと思う事がある。
あれだけ望みながら、いざ強大な敵を迎える事になったとたん不安を隠し切れないでいる、
そんな精神的にも身体的にもまだ幼いヒカルを両手で強く抱き締めてやりたいと思う。
ヒカルが何か態度なり言葉なり、気持ちを落ち着かせてくれるものをこちらに求めているような
気もした。自分だって出来る限りの協力をしてやりたい。だが、
「進藤、君が何を背負っているのかは知らないが、少なくともボクの代りに大将戦に出るんだ。
無様な結果は許さない。」
思ってもいない言葉ほど次々自分の口からこぼれてヒカルにぶつけてしまう。
「塔矢…!」
さっきとは反対に社が背後からアキラを窘めるように声をかけて来た。
言葉をなくして睨み付けて来るヒカルから逃げるようにアキラは自分の部屋に入りドアを閉めた。
(32)
夕食の間もヒカルは熱心に倉田からあれこれ検討に関する会話を続け、社とアキラは言葉少なに
食事を終えた。ヒカルはその場に倉田と話をするために残り、社とアキラはそれぞれ部屋に戻った。
仕出し弁当というかたちでも一応ホテルの高級料理だったのだが、そうした味気ない食事に社は
うんざりしていた。
食事中ヒカルとアキラは目も合わそうとせず一言も口を聞こうとしなかった。
(進藤の奴、よほどさっきの塔矢の言葉がこたえたんやろうなア…)
ベッドに横たわり、天井を見つめ、社は大きく溜め息をつく。
(しかし、塔矢も意外にガキなんやな。『彼の成長を望んでる』とか言うとったくせに、やっぱ本音では
面白くない思おうとるんやろうな…。そりゃまあ、ホレた相手が別の奴の事ばっか考えているのは
辛いやろうけど…)
そしてそんな2人の事をあれこれ心配している自分が滑稽に思えた。
「ホンマ辛いわ…今夜もまたなかなか寝つけエへんかったら、どないしよう…」
目を閉じると浮かぶのはやはりアキラだった。昨日の夜、アキラの部屋で思わず奪ったアキラの
唇の感触だった。冷たい表情とは対照的に熱く濡れて脈打つ彼の内部を想像するだけでこちらの血が沸く。
「あ、アカン…!!」
ベッドの上で飛び起き、呼吸を整える。頭を振って妄想を蹴散らそうとする。ただ、昨日より更にアキラの
顔色はひどく悪かった。料理も半分程手をつけていなかった。何となく無性にヒカルに対して腹が立ってきた。
(倉田さんも塔矢も、何かと進藤には甘いんちゃうか!?今までこういう感じだったからいつまでも
進藤はあんなガキっぽいままなんやないんか…!?誰かガツーンと言ってやらんといかんと違うか!?)
「…おし!」
決意して裸足に室内スリッパ、黒いスェットのパーカー姿のままで社は廊下に出た。
|