Trick or Treat! 31 - 32


(31)
――あの日目を閉じて甘い柔らかい唇を押し付けてきた小さなお化けと、
ついさっき同じように唇を押し付けてきた優しいアキラが重なる。
だがあの時の思い出をアキラに明かすのはどうも気恥ずかしかった。

「あれはその、まぁなんだ・・・おまえが気にするようなことでもないさ」
カボチャと鶏肉を一緒に口に押し込みながら緒方はモゴモゴと言葉を濁した。
「ボクには話せないことですか?」
アキラが首を傾げて緒方に微笑みかける。その目が笑っていないのが怖い。
「考えてみれば、ボクのファーストキスも初めてセックスした相手も緒方さん
でしたけど・・・緒方さんにとってはボクが初めてじゃないんですよね。
ボクの前にも何人かの女性とお付き合いがあったみたいだし、
そのうちのどなたかとの思い出なのかな・・・」
言いながらアキラが緒方のサラダの鉢を引き寄せ、マスタードをたっぷり
スプーンに掬って何杯も盛り付け始めた。
「おいおい」
「はい、どうぞ」
澄ました顔でアキラが押し戻したサラダの上には、黄色いマスタードが
てんこ盛りに乗っている。
「オレがおまえと幾つ年が離れてると思ってるんだ。おまえが育って
今みたいな関係になる前に、他の人間とセックスしてたくらいは大目に見ろよ」
「それを残さず食べてくださったら、大目に見てもいい・・・かも」
「おまえなあ。・・・後で口直しさせろよ?」
サラダ鉢を手に取って口につけ、むせ返りそうになりながら一気に掻き込んだ。


(32)
ドンッと鉢を置くと、アキラが頬杖を突き悪戯っぽく頭をユラユラ揺らして微笑んでいる。
「ゴホッ、グォフォッ。・・・ほら!こっち来い、口直しだ」
「緒方さん、涙と鼻水が・・・」
「口直しが先だ!」
「んっ」
ティッシュペーパーをヒラヒラ差し出したアキラの顎を強引に引き寄せて、
マスタード味のキスをする。
「ぅぷ。辛いっ」
「オレがその何倍辛かったと思ってる」
鼻汁を押さえゴクゴクと水を喉に流し込みながら、緒方は涙目で言った。
「・・・これで、許すんだろ?」
「ん・・・でも、ボクも緒方さんの初めてが良かったな・・・」
「・・・言ったって仕方ないだろうが」
「・・・でも、これからは一生ボクにだけキスしてくれるんですよね?」
「ああ」
「キスだけじゃなくてセックスも、ボクとだけ?」
「・・・約束するよ」
アキラは満足そうにニッコリと笑った。
「なら、許してあげてもいいです!」
菓子か悪戯か。小さなお化けが大の大人に理不尽な要求を突きつけたあの頃から、
自分の人生は結局アキラの願いによって全て支配されているらしい。

洟をかみ終えて振り向くと、アキラが楽しそうに目を輝かせて緒方を見ている。
もう一度唇が触れる。
ちゅっ、と音を立てて離れる。
それを何度でも繰り返す。

「緒方さん、緒方さん、大好き・・・」
甘い言葉を紡ぐ唇の持ち主を再びベッドへ運ぶかどうか迷いながら、
実はあの小さなお化けに奪われたのがいい年をした自分のファーストキスだったとは
口が裂けても言えない緒方だった。                   <終>



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