誘惑 第三部 31 - 32
(31)
シャワーの栓をひねってお湯を止めると、アキラは壁に手をついて、肩で大きく息をした。
それからゆっくりと息を整えてから目を開いた。
ふらつく足元をこらえながら身体を拭いていると、ノックの音が聞こえた。
「…塔矢、大丈夫か?」
小さなドアの隙間から心配そうに覗き込んだ顔に、
「何だ?やっぱり一緒に入るのか?」
ふざけた様に言ってやると、ヒカルは真面目な顔で正面から睨みつけてきた。
「おまえ、そんな風に笑って誤魔化せるとでも思ってるのかよ。
さっきだって、今だってふらついてて、顔色だってそんなに悪いくせに。」
本気で怒りかけているヒカルが嬉しくて、アキラはここは素直になってみようかと思う。
「ごめん、心配かけて。ありがとう。」
と、ヒカルに微笑みかけて、手渡された服を素直に着込み、ヒカルにもたれかかるように歩いて部屋へ
戻った。そして、コンビニで買ってきたと思われる食糧が並んでいる小さなテーブルの前に並んで腰を
下ろすと、アキラはヒカルの肩に頭を乗せて、ふうっと息をついた。
「やっぱ、おまえ、疲れてるんだろ。今日は一日休んでたほうがいい。」
「うん。」
「今日ぐらいは何の予定もないんだろ?」
「うん。」
「とりあえずさ、メシ食おう?何が食える?何が食いたい?」
「う…ん、」
「食欲ないのかも知んないけどさ、ちゃんと食べなきゃダメだぞ。そんなに痩せちまって…」
(32)
小言を言うようなヒカルに、アキラが思わず笑いを漏らすと、
「何、笑ってんだよ?」
ムッとした口調でヒカルがアキラを軽く睨んだ。
「いや、キミにお説教されそうだな、と思ったらその通りだったからさ。」
「当たり前だろ。大体、おまえ、バカか?
こんなにまともに歩けないくらいへばってるくせに、だから…」
「だから…何?」
「だから…だから昨夜だってやめようって言ったのに…!」
「それは、無理だな。ボクの方がしたかったんだしね。それに、知らないのか?進藤、男の場合
はね、死にそうになると余計に性欲が強くなるもんなんだよ。」
「おまっ…!なんて事、言うんだよ…!」
「ホントだよ。生存本能っていうか、子孫を残そうっていう本能が働くらしいね。でもまあ、キミと
ボクとじゃ子供なんて出来るわけないんだから、意味がないのかもしれないけど、」
それから、突然楽しいことを思いついたようにクスクスと笑った。
「ボクはキミが男でも女でもどっちでも構わないんだけど、そうだね、子供を作れないって思うと、
ちょっと残念だな。キミが女の子だったら、絶対ボクの子供を産んでもらうのに。」
「おまえ…なに、考えてんだ?」
「ヘンかな?きっと可愛いだろうに、ボクと進藤の子供。そう思わない?
だからもしキミが女の子だったら、さっさと結婚して子供を作って、キミをボクだけのものにして
やるのにな。避妊なんかしたくもないしね。」
何だか妙に身勝手で理不尽な事を言われてるような気がして、ヒカルは脹れ顔で文句を言った。
「おまえ…それじゃ、オレの人生滅茶苦茶じゃないか。」
「どうして?」
「だって、そんなトシで子供なんかできちゃったら何にもできないし…学校だって…」
「学校なんて今だって行ってないじゃないか。」
と、言われると言葉に詰まる。
「あ、でも18にならないと結婚はできないんだっけ。それまで待つのは辛いなあ。」
「つーか、マジに考えんな、そんな事。どうでもいいから、さっさと食え、馬鹿野郎!」
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