落日 31 - 32


(31)
弄り、追い詰め、ついには許しを請うように涙を流す彼の訴えを退け、乱暴に彼の身体を揺さぶる。
がくがくと震える彼の肩を掴まえて、怯えた目で見る彼を睨みつけて言った。
「最低だ、おまえ。」
怒りをそのままぶつけるように、肩をきつく握りこんだまま、突き上げる。
「誰の事も好きじゃないくせに、どうでもいいくせに、俺や、伊角さんをもてあそんで、」
到達の予感に震える彼を戒めるように、根元をぎゅっと握り締めると、彼はひっと細い悲鳴を上げる。
紅潮した顔からは汗が吹きだし、苦痛から逃れるように身体を捩らせる。
「ヒカル……ッ!」
それでも尚、彼を愛しいと思うのをやめられない。ぎゅっときつく握りこんでから、彼の到達を戒めて
いた手を放すと、彼は細く長い悲鳴を上げ、痙攣しながら白い飛沫を撒き散らした。同時にきつく締
め付けられた自分自身も彼の奥に断続的に熱い欲望を放った。

弾けるような意識の底で、このまま彼と一つになったまま死んでしまってもいい、そんな風に思った
のに、やがて意識は快楽の頂点から地上へと引き戻される。彼の身体はまだぴくぴくと小さな痙攣
を繰り返し、けれどその意識は未だ失われたままだった。顔に残る苦悶の表情に胸が痛む。
「…俺は悪くねぇ。おまえが、おまえが悪いんだ。」
けれど責め詰ったところで、応えは無い。
自分ひとりがここへ帰ってきてしまったのが悲しくて、細い、もはや抱き返す力も残っていない身体
をきつく抱きしめた。
離したくない。このまま彼を攫っていってしまいたい。
誰の目にも触れぬよう、屋敷の奥深くに幽閉して、一日中、ひと時も離れずに彼を抱いていたい。

それでも。
それでもやはり、彼は自分の腕の中であの人の名を呼ぶのだろうか。
彼を置いて逝ってしまったあの美しい人の名を。


(32)
焦点の定まらぬ虚ろな目をした少年をそっと床に横たえ、身体の汚れを拭いてやり、衣を着せ掛け
る。掴んだ腕に紅く指の痕が残っていた。肩や肘には擦れて紅い傷が出来ていた。
傷つけようなんて思っていなかったのに。
愛しているのに。
浅い呼吸を繰り返し僅かに眉根を寄せて目を伏せている彼の顔を覗きこみながら、髪をそっと撫で
付けた。そうしてずっと彼の顔に見入っているうちに、ぽたりとしずくが彼の頬に落ち、慌てて自分の
顔を袖で拭った。

「ごめん……」

「おまえは悪くない。おまえは何も悪くない。悪いのは俺だ。だから、」
許してくれなくていい。ごめん。おまえを傷つけてしまって。責めてしまって。
心の中で謝罪を繰り返しながら彼の髪を撫で続けた。また涙が落ちてきたのを感じて、洟をすすり
上げながら、袖で顔を拭った。こんなにも涙が止まらない自分の愚かさが哀れだと思った。

―――それでも、それでもおまえが好きなんだ。

見つめるうちに彼の顔が安らいでくる。眠っている彼は幼子のようで、見ていると胸が締め付けられ
るようだ。
薄紅色の柔らかな唇にくちづけを落としたかった。
せめてもう一度触れたかった。
そう思いながらずっと眺めていたのに、それでも、どうしても触れる事が出来なかった。



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