Pastorale 31 - 33
(31)
虹なんて見たのは、すごく久しぶりな気がする。
そうやって二人で空を見上げていたと思ったら、アキラが更に身体を反転させてヒカルの上に乗り、
彼の顔を見下ろした。
ヒカルはアキラを見上げ、それから空に目を移して虹を眺め、もう一度アキラの顔に目を戻した。
「でも、」
愛おしげに見守るように自分を見下ろしている優しい笑みに答えるように、手を伸ばし、頬の横に落ち
る髪を掬い上げて、ヒカルは言った。
「おまえの方が綺麗だ。」
ヒカルの言葉に、アキラは軽く目を見開き、次いで、艶やかな唇から笑みがこぼれた。
「ふ、」
アキラはそのまま顔を近づけて、軽く唇を触れ合わせ、
「本当に、いつの間にそんな口のきき方を覚えたんだ、キミは。」
と、間近から薄茶色の目を覗き込んだ。
「でも…」
そしてアキラは続く言葉を口にはせず、少し顔を離してヒカルを見つめた。
嬉しいよ、キミにそう言ってもらえるのは。
綺麗だ、と言って目を細めてボクを見るキミが、どんなに綺麗かなんてキミは自分ではわかってない
んだろうね。前髪が陽に透けてキラキラ輝いて、汗が光って、眩しくて見ていられないくらいだなんて、
キミは気付いていないだよね。
子供と大人の境目の、どこかアンバランスな顔。男らしさの見えてきた眉の下の、まだ子供っぽさの
残る大きな目がボクを見つめていて、大人びてきた口元が、どこから覚えてきたんだかわからない
ような口説き文句を囁く。あんまり気恥ずかしいからつい憎まれ口を叩くいてしまうけれど、キミの声
はとても好きだ。その声も、前のような高い声ではない。
肩が随分逞しくなった気がする。骨もしっかりしてきたし、ずっとボクの方が背が高かったのに、そろ
そろ追い抜かれてしまうのかもしれない。何だか少し悔しいような気もするけれど、こればっかりは
どうにもならない。
(32)
「進藤、」
名前を呼び、頬に軽くくちづける。そして額に、両の目蓋に、頬に、キスの雨を落としながら、アキラ
の手はヒカルの肩を辿り、更に胸筋の流れを辿るように手を滑らせる。
「塔矢、」
たまらなくなって、ヒカルがアキラの手を取り上げると、アキラはヒカルを見下ろし眩しそうに目を細
めて笑い、繋がったままの腰を軽く揺すった。
「ぅわ、」
思わぬ動きに、思わずヒカルがきゅっと目をつぶると、アキラは更に上体を起こして、軽く腰を浮か
してから、次いで奥まで沈めこんだ。
「とう、や、」
ヒカルの口から呻き声に近い声が漏れる。アキラは更にヒカルを煽るように動き始める。アキラの
背に汗が滲み、またたくまにそれは噴き出し始める。
「あ、…っんん、」
アキラの口からも喘ぎが漏れ始めると、ヒカルはアキラの腰を掴んで揺さぶるように動かした。
アキラがヒカルの突き上げに、髪を振り乱して鳴く。更に突き上げてやると、アキラの身体から汗が
飛び散り、ヒカルの上に滴り落ちる。
「あ、あああっ…!」
仰け反るように背をしならせたアキラの身体を、ヒカルは上体を起こして掴まえた。
「ん、あっ、あぁ、…んど……」
「…ぅや、と…や、……ん、んんっ」
熱い身体を抱きしめて揺さぶると、しがみ付くように回された腕に力がこもり、口からは切れ切れに
悲鳴が漏れる。
「んっ…、しん、ど…、あ、はぁ…っ…ん、や、やあぁ……あぁ…ん、も…っと、」
しがみ付く力に応えるように、更に奥まで突き入れると、きつく抱きつき、痙攣するように震えながら、
熱い精を吐き出し、同時に中にいたヒカルをきつく締め付けた。その締め付けに遅れてヒカルもアキラ
の奥に熱を放つ。身体の奥に広がるヒカルを感じながら、全身でヒカルにしがみ付くアキラの高く細い
声が、林の中に吸い込まれていった。
(33)
やがて、思い出したように、静かな林の中に鳥の声が響き始める。
風がさやさやと木々の葉を揺らし、時折、白い花びらがひらひらと舞い落ちてくる。
ゆっくりと西に傾きつつある太陽の光が二人の少年の身体の上に降り注ぐ。
ぴくり、と、少年の身体の上で、もう一人の少年が僅かに身じろぎする。
それに気付いた少年が、きゅっと彼を軽く抱きしめた。
抱きしめられて、ほうっと甘い息をついた少年が顔をあげて恋人の顔を覗きこむと、彼は愛おしげ
な眼差しで彼を見上げ、頬にそっと触れ、落ちてくる黒髪をかきあげた。
その手に応えるように、彼は少年の額に張り付く明るい前髪をそっと払い、微笑んで彼を見つめる。
見詰め合っていると、愛しさがこみ上げて胸が溢れそうになって、ゆっくりと目を伏せて唇を重ねた。
そうして、午後の明るい日差しの下で、彼らはもう一度、静かなキスを交わした。
Fin.
ベートーヴェン作曲 交響曲第6番 『田園』 に寄せて
1.Erwachen heiterer Emfindungen bei der Ankunft auf dem Lande
(田舎に到着した時の朗らかな感情の目覚め)
2.Szene am Bach
(小川のほとりの情景)
3.Lustiges Zusammensein der Landleute
(農民の楽しい集い)
4.Gewitter, Sturm
(雷鳴、嵐)
5.Hirtengesang: Fruhe und dankbare Gefuhle nach dem Sturn
(牧人の歌、嵐の後の喜ばしい感謝の感情)
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