痴漢電車 31 - 33
(31)
ヨロヨロと歩くヒカルに歩調を合わせる。手はしっかりと繋がれたままだ。アキラが
手を差し出したとき、ヒカルは素直にその手を取った。
口では「キライ」と言いながら、ヒカルはアキラを許していると確信した。………が、
ヒカルはまだ泣いている。無理もない………。
けれど、そんな風に泣かれたら、また、ムラムラきてしまう。何もしないと約束した手前、
手を出したりしたら今度こそ口をきいてもらえない。電車で折り返し帰ったりしたら、シャレに
ならない。タクシーを待っている間、泣いているヒカルを横目で見ながら、ソワソワしていた。
ヒカルを先にタクシーに乗せる。その時、一旦、手を離した。ヒカルが座席に収まるのを
見届けて、改めて自分も隣に座った。行き先を告げるアキラの手をヒカルが探ってきた。
そして、自分から指を絡めて繋いできたのだ。
アキラの肩に凭れながら、シクシクと泣き続けるヒカルを見て、運転手がミラー越しに
話しかけてきた。
「可愛い彼女を泣かすなんて、悪い彼氏だねぇ。女の子はもっと大切にしてあげなきゃ…」
そう言って、アキラをメッと睨んだ。
「………そうですね。反省してます。」
本当は“彼女”じゃないけど、まさかそんなことは言えないし、“彼氏”と呼ばれて
気分がいいので当たり障りのない返事をした。
「もう泣かないでくれよ。」
「……………」
「そうだ。家に進藤によく似た可愛いのがいっぱいいるよ。」
「…………?」
「後で、見せてあげるね。」
「………うん…」
ヒカルがちょっと笑ったので、アキラの心も軽くなった。
(32)
アキラの家に来るのは二度目である。相変わらず、大きな家だ。
「どうぞ。」
アキラが玄関の引き戸を開け、ヒカルを中に招き入れる。
「おじゃまします………」
玄関をくぐって、ふと、横を見ると、下駄箱の上に大きな水槽が置いてあった。
『金魚?流金てヤツだよな………』
前に来たときにはこんなものはなかった。水槽の中を気持ちよさそうに、ヒラヒラ尾びれを
振りながら十匹ばかり金魚が泳いでいる。
「………………………オレに似てるって………まさか………」
「可愛いだろう。市河さんにもらったんだよ。」
にこにことアキラが水槽を覗き込む。
「ほら、特にコイツなんかキミにそっくりだよ。」
そう言って指を指したのは、赤い出目金。
「目が大きくって、ヒラヒラ可愛くて、今日のキミにそっくり………赤くなるとますます……」
アキラが振り返った瞬間、ヒカルは思い切り引っぱたいていた。アキラは目を白黒させて、
ヒカルを見つめた。
ヒカルの両目から、せっかく止まった涙がまた溢れてきた。
『塔矢のバカヤロ―――――――――――――――――――――――!』
何がヒラヒラだ!オレがこの格好をどれほど恥ずかしく思っているか、わかってるくせに………!
バカ!無神経!おまけに今はヒラヒラどころか、ボロボロだ!
ヒカルは蹲って、わあわあと大泣きした。
お持ち帰り編
(33)
「あら、久しぶりね。」
碁会所のドアをくぐると、すぐに晴美が挨拶をよこした。
「お久しぶりです。」
アキラも軽く会釈をした。
「どう?金魚は元気?」
「ええ、すごく元気で可愛いです。最初はうまく世話が出来るか、ちょっと心配だったんですけど………」
にこにこと答えるアキラに、晴美も笑顔を返した。自分の上げた金魚を喜んでもらえて嬉しい。
「金魚は世話が簡単ですものね。」
晴美が軽く返した言葉に、アキラは強い口調で反論した。
「そんなことないです!アレで結構、難しくてデリケートなんです!」
「え……そ、そうなの?」
語気の強さに晴美はたじろいだようだ。
「ボクがヘマをしたらしくて、暫く、人間不信みたいになっちゃって………側にきてくれなかったんです。」
溜息を吐いた。
「へえ〜意外だわ………」
「でも、漸く懐いてくれるようになって………最近ではボクの顔を見ておねだりするんです。
エサもよく食べてくれるし、もう、すごく可愛いですよ。」
嬉しくて溜まらないというようにアキラは話す。「よかったわね」と、晴美が言おうとしたとき、
奥の席からアキラを呼ぶ声が聞こえた。
「もう、遅ェよ!塔矢、早く来いよ!」
「そうそう、進藤君が待っていたのよ。」
急いで奥へと走っていくアキラの背中に声を掛ける。
「後でコーヒー持って行くわね。」
肩越しに振り向いて、アキラはニコリと頷いた。
「塔矢、今日、オマエの家に行ってもイイ?」
上目遣いに小首を傾げてヒカルが訊いてきた。何ともいえない可愛らしい仕草だ。
「イイに決まってるよ。進藤の好きなプリンもちゃんと買ってあるよ。」
嬉しそうに笑うヒカルに、アキラも微笑んだ。
おわり
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