トーヤアキラの一日 31 - 35


(31)
ファーストキス以来、お互いに忙しくて中々会う機会が無かった二人だが、電話で頻繁に
連絡を取りあう事で、より理解を深め合っていた。碁の話は以前と変わらず夢中になって
していたが、今までと違うのは、プライベートな話もするようになった事だ。
本因坊リーグ第5戦、緒方精次十段・碁聖との対局を翌日に控えた前夜も二人は電話で
話をした。
「ところで、塔矢先生は戻って来てるんだろ?」
「数日家に居ただけで、また韓国に旅立ったよ」
「うわー、忙しいな。おばさんも一緒なんだろ?お前ちゃんと食べてるのかよ」
「大丈夫だよ。それよりキミも風邪気味だって言ってたけど、大丈夫なのか?」
「もう全然平気さ。明日はお互い大事な対局だから頑張ろうぜ」
「そうだね。終わったらまた連絡するよ」
「ああ」

アキラが検討や取材を終えてから、今日の対局結果を確認すると、ヒカルも森下九段に
負けていた事がわかった。
───進藤・・・・・キミに会いたい
そう思いながらエレベーターを降りて、棋院の出口に向かって歩いていると、
「塔矢、お互い残念だったな」
電話からではない生のヒカルの声が、横から聞こえてきた。
「進藤・・・・・、待っていてくれたんだね」
アキラはそう言ってヒカルを見詰める。
───会いたかった、会いたかった、キミに会いたかった。
視線はそう語りかけていた。


(32)
二人は黙って棋院を後にして、寄り添いながら歩き出した。二人は何も言わないのに
同じ方向に歩いている。人通りが少ない場所に来ると、どちらからともなく固く手を
繋いでいた。
アキラは、久し振りに触れるヒカルの柔らかい手の感触に、神経を集中していた。
ファーストキス以降、電話でヒカルの声を聞くと、それだけで体の中心が疼くのを
止める事が出来なかった。キスをした時のヒカルの唇や表情や匂いを思い出すだけで、
押さえようの無い欲望がアキラを支配していた。今こうしてヒカルの手に触れると、
この場所ですぐにヒカルを抱き締めて思う存分ヒカルを味わいたい衝動にかられる。
ヒカルを抱き締める想像をするだけで、鼓動が早くなり、息苦しくて言葉が出て来ない。
ヒカルは、そんなアキラの気持ちに気付いているのか、或いは負け戦で気持ちが沈んで
いるのか、いつもの様に話かけて来る事は無かった。

公園に入り、前回と同じ大きな木の側まで来ると、アキラはいきなり激しくヒカルを
抱き締めて唇を重ねた。会えなかった間の想いや負けた悔しさを、全てぶつけるかの様な、
それは荒々しく噛み付くような口付けだった。
左手をヒカルの背中に回して、強く抱き締めて体を密着させる。右手はヒカルの耳から
頭にかけて押さえつけるように当てられて、激しく舌をヒカルの口の中に差し入れた。
一瞬押される形になったヒカルだが、腕をアキラの背中に回して、ヒカルもまたアキラを
強く引き寄せて、アキラの激しい口付けを受け入れていた。
アキラはヒカルの口腔内を荒々しく嘗め回して、自分の唾液を流し込んだ。ヒカルが
それを飲み込むと、今度は強く吸い上げる。ヒカルも喉を鳴らしながらその行為に
応じていた。そうして何度も二人の舌が行き来してグチュグチュと音を立てる。
お互いに呼吸が荒くなり気持ちが昂っているのが分かった。


(33)
アキラはヒカルを抱き締めながら体を反転させて、ヒカルの体を大きな木に押し付け、
やっと唇を離した。荒い息を吐きながら、
「進藤・・・・・進藤・・・・・」
と囁き、今度はヒカルの頬、鼻、瞼、おでこを舐めるように口付ける。そうして
顔中を嘗め回しながら、ヒカルのコートのジッパーを下げて、前を開く。アキラはスーツの
上にコートを着ていたが、前のボタンは止めてなかったので、お互いの体がより密着する
形になった。ヒカルが肩を上下させながら激しく呼吸する様子が体を通して伝わって来た。
アキラは左手を、前が開いているヒカルのシャツの中に忍び込ませて、背中に回した。
Tシャツ一枚を通して触れるヒカルの背中は熱く、軽く撫でると、ヒカルがビクッと
反応して、体の力が抜けていくのがわかる。そのヒカルの反応に煽られて、アキラが
下半身を押し付けるように密着させると、お互いの熱り立った中心部が当たった。
「うっっ!」「んっっ!」
二人は同時に声を漏らした。アキラはさらにリズムを付けて下半身を押し付け始めた。
「んっ!!あぁっ!!・・・ダメだよ、トーヤぁ・・・・やめて・・・っ」
とヒカルの甘えるような訴えを耳元で聞いた瞬間、アキラの自制心が吹き飛び歯止めが
効かなくなった。アキラはヒカルの首に口付けながら、右手をヒカルの肩からいきなり
股間に移動させ、固く存在を主張しているヒカルの分身を服の上からギューッと握り締めた。
「ああぁぁぁっ!!ぁぁっ!!うっ!!・・・・ダメだってば、トーヤ」
その声に、アキラはさらに興奮して激しく手を上下に動かした。
ヒカルは体を捻りながらアキラの手から逃れようとするが、全く力が入らず、反って
より強く木に押し付けられる格好になってしまった。
ヒカルの耳朶を舐めながら、夢中で手を上下させていたアキラは、一度手を離すと、
ヒカルのズボンのジッパーに手をかけた。
その瞬間、ヒカルはアキラの肩を掴んで押しながら、
「ダメだよ!塔矢!やめて!」
と、きっぱりと拒否の意思表示をした。


(34)
ヒカルの強い口調に手の動きを止めたアキラは、ヒカルから顔を離して下を向き、荒く
なった呼吸を必死で整えようとしていた。ジッパーに当てられていた右手と、背中に
回されていた左手は、ほぼ同時に体から離れてヒカルの頭を挟む形で大きな木に当て
られた。一度高温になった溶鉱炉の火が中々消えないように、一度エンジンのかかった
欲望を抑える事は難しく、アキラは顔をしかめて必死で何かに耐えているようだった。
「ごめん・・・・・」
暫くして顔を上げたアキラは、そう言いながら心配そうにヒカルを見る。
ヒカルは顔を上気させて、放心状態で呼吸を整えていたが、ゆっくりアキラを見ると
小さな声で囁くように言った。
「二人っ・・・になりたい・・・」
良く聞こえなかったアキラは耳をヒカルの口に近づけて問う。
「えっ?」
「トーヤぁ、二人っきりになりたい・・・・ここじゃいやだよ」
てっきり行為そのものを拒否されたと思っていたアキラは、驚きで大きく目を見開いて
ヒカルを見る。その潤んだ瞳から、ヒカルが行為の続きを要求している事が分かり、
一度鎮まりかけていた欲望が再びアキラを支配して、ヒカルを強く抱き締めた。
頭に血が上って、思考がまとまらなくて、二人だけになるにはどうしたら良いのか
すぐには分からないでいると、ヒカルがアキラに体を預けながら、耳元で言う。
「お前の家はダメかな・・・・」
「?!!・・・うん、そうだね。ボクの家に行こうか。いい?」
「うん・・・・」
アキラは体を離して、ヒカルの顔をもう一度見ると、ヒカルは潤んだ瞳をアキラに向けて
照れたように微笑んだ。


(35)
自分の家が見えてきて、これ程落ち着かない気持ちになった事はアキラには無かった。
見慣れた自分の家の門が、今迄とは違って見えるのは何故だろう。
アキラは、玄関の鍵を開けると、戸を開けて先に中に入った。玄関と廊下の電気を点けて、
入り口でボーッと立っているヒカルに声をかける。
「入って、進藤」
「・・・あ、うん。」
ヒカルは小声で返事をしながら玄関に入って、三和土につっ立っていた。
アキラは戸を閉めて鍵を掛けると、サッサと靴を脱ぎ、黙ってヒカルの腕を引っ張って、
上がるように促した。ヒカルは慌てて靴を脱いで、アキラに腕を引かれて歩き出す。
アキラはヒカルの腕を持ったまま、廊下の一番奥にある自分の部屋に向かって歩いていた。
いつもなら一人で通るこの底冷えのする廊下を、今ヒカルと一緒に歩いている事が
不思議だった。廊下から見える中庭の景色も全然違う物に感じられた。毎日見慣れた
景色なのに、初めて見るような気がするのはなぜだろう。

公園から家に着くまでは、碁の話をしながら気を紛らわせていたが、家の中に入った
瞬間から、身体と気持ちは公園の時間に戻っていた。
───進藤を早く抱き締めて、何もかも味わいたい。どんな顔をするのか、どんな声を
出すのか、どんな顔で喘ぐのか・・・。ボクの手でキミをイカせたい。

アキラは部屋の障子を開けると、ヒカルの腕を引いて中に入った。障子を閉めると、
いきなり何も言わずにヒカルを強く抱き締めて、激しく唇を捉える。思い切り舌を
進入させると、唾液を次々に送り込んだ。ヒカルはそれを喉を鳴らして飲み込む。
次にアキラは、唇を重ねたまま、自分のコートとスーツの上着を一緒に脱ぎ捨てて、
ネクタイを荒々しく取り去った。ヒカルも自分のコートとバッグを同時に横に放り投げ、
強く抱き締め合って全身を密着させる。



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