無題 第2部 31 - 35
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長く激しいキスの後、荒い息で二人は見詰め合った。
挑むようなアキラの瞳は変わっていなかった。
見詰め合ったまま―睨み合ったまま、どちらからともなく、二人は床に倒れ込んだ。
床に倒れ込んだアキラの唇を、緒方はもう一度捕らえた。
そして彼を貪りながらトレーナーをたくし上げ、身体に手を這わせる。
胸の突起を探り当て、軽くつまむと、緒方の身体の下で、アキラの身体がピクンと震えた。
口腔内をゆっくりと犯しながら、緒方はアキラの身体にも丁寧な愛撫を与えていった。
塞がれた口からくぐもった声が漏れ始めるのを確認すると、緒方は彼の唇を解放し、胸元まで
たくし上げられたトレーナーからアキラの頭を引き抜くように脱がせる。それが手首に絡まった
状態のままで、緒方はアキラの首筋に唇を寄せ、それから耳元にかけて丹念に愛撫を施す。
自由になったアキラの唇からは、甘い喘ぎ声がこぼれ出した。
彼の反応は素直で、緒方の指を、唇を、舌を、待ち構えていたように反応し、口から漏れる声も
抑えようともしなかった。与えられる快楽に没頭しようと、アキラは体が感じる感覚と欲望に貪欲
にその身を委ねた。
時折、床に直接当たった身体が痛む。だが、その痛みもまた、彼には望ましかった。
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欲望の波を性急にせがむアキラを感じ取ると、緒方は彼の下半身を覆うものへと手をかけた。
そして下着ごと全てを足から抜き取ると、しかし、更なる刺激を求めてひくついている中心部を
避けて両足首を捕らえてそこに顔を寄せた。片足の踝の窪んだ個所にくちづけ、それから踝か
ら指の付け根までに吸い付き、舐め上げながら時折歯を立てる。
逃げようにも、両足首は強固な力で固定され、くすぐったさとその中に混じる小さな痛みが確か
な快感となって遠い足先から背骨までびりびりと届き、アキラの身体をよじらせる。
些細な刺激にも敏感になっているその様子を堪能してから、緒方は彼の足を押し開き、脹脛の
筋肉を辿るように舌を這わせていく。膝近くまで到達すると今度はその足を肩に乗せ、膝の裏
から太股の内側へ向かって唇を移動していく。焦らすようにアキラの反応を玩びながら、ゆっくり
と移動する舌先がやっとその根元へ到達すると、ひときわ大きく、アキラはその身体を捩らせた。
だが、その反応を一瞬楽しんだ後、先端を舌先で軽く弄っただけですぐに顔を離し、もう一度
足元に戻って今度はもう一方の足の指元を責め始めた。
一番敏感な部分を避け、執拗に身体の先端から中心に向かって与えられる刺激は、足元の砂
をさらっていく波のように、アキラをもどかしく、不安にさせる。
だがそのもどかしさを煽るように、緒方の愛撫はそれに反応するアキラの感覚が頂点に達する
手前にすっと引いて、別の場所への新たな攻撃を始める。
耐え切れずにアキラの手が捨て去られた自分自身へと伸び、擦り上げていこうとする。
が、緒方はいち早くそれを察し、その手を押さえつけた。
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深く繋がったまま、背に押し当てられた厚い胸板から発せられる鼓動が、アキラに直接つたわっ
てくる。緒方の心臓がアキラの背で、そして体内で、熱く、脈打っていた。その脈拍にアキラの
脈拍がシンクロして、二人が一つの物体になってしまったように錯覚する。
「アキラ…愛してる…」
耳に届いたその言葉に、アキラは思わず鳴咽をもらした。苦痛からではない、何か別の涙が、
アキラの睫毛を濡らした。けれどその涙が心のどこから、何という感情によってもたらされたもの
なのか、アキラにはわからなかった。
「…アキラ…」
耳元で、もう一度、緒方がアキラの名を呼ぶ。
アキラが泣いているのに気付いたのか、慰めるように、そっと優しくうなじにくちづけると、アキラ
の背が敏感にそれに反応する。首筋から肩にかけてを優しく舌先で愛撫しながら、アキラの身体
を抱きかかえていた手で、喉元から顎へかけてを撫で上げた。
そして、指先で頬を濡らすアキラの涙をぬぐってやる。
「な…ぜ…?」
震える声で、アキラがそう問うた。
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なぜ?聞きたいのはこちらの方だ、と緒方は思った。
なぜ、ここへ来た?なぜ、オレを受け入れている?なのになぜ、おまえは泣いているんだ?
そしてなぜ、なぜ、オレにとってはおまえなのだ?
だが、と緒方は思う。
恋に理由など必要なのか?そんなものは必要無い。
アキラの中で緒方が、ドクン、と大きく脈打った。
それは、先程から更に質量を増しつつあった。
「アキラ…少し、キツイかもしれんが…」
そう言って、緒方がアキラの中で動き始めた。ズッ、と緒方がアキラの中から抜け出ようとする
感覚に、アキラの背が総毛立つ。が、それはギリギリでアキラの中に留まり、そして又アキラを
突き上げた。
「あぁあっ!」
アキラの悲鳴があがる。苦痛に顔をしかめ、腰がその攻撃から逃げようと動く。
その苦しそうな様子に、緒方が動きを止め、アキラの背を抱く。
「…めな…で」
痛みをこらえる悲鳴の中で、だが切実にアキラは哀願した。
やめないで、もっと、と。
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なぜ?
なぜ、涙が流れ出るのか。
わからない。
「愛している」と告げるその言葉が、自分の欲しかったものなのか、そうでないのか。
欲しかったのはこの人の身体だったのかそれとも心だったのか。
喉の奥から発せられるこの声は悲鳴なのか、悦びなのか。
身体の中心を揺さぶる律動に合わせて、背を走り身体を震わせるのは戦慄なのか歓喜なのか。
わからない。わからない。わからない。
なぜ、と問いかけても帰ってくるのは答ではなく混乱ばかりで。
苦痛の奥には歓喜が、悦楽の裏には嫌悪と絶望が潜んでいて、自分の求めているものが
一体何だったのかももはや見えなくなり、嵐の海に放り込まれたように、精神も肉体も、
なす術も無く荒波に翻弄される。
それならば、頼るべき一片の木片すらも無くこのまま弄られ続けるくらいならば、いっそ波に
飲み込まれて海の底の闇に沈んでしまえばいい。
なぜ、などという無益な問いは放棄してしまえばいい。
そうして望み通り、身体を揺さぶる悦楽の波は彼を捕らえ、もはや思考も疑問も全ては脳の奥
でスパークする白い閃光にかき消される。
そして突き上げる一段と高い波が彼を捕らえるとそのまま絶頂へと押し上げ、その頂点で、
アキラの身体は砕け散る白い波しぶきと共に何も無い空間へと放り出された。
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