少年王アキラ 31 - 35
(31)
潤んだ瞳で少年王を見つめる可憐な執事を無視して、アキラ王は再び、新聞に目を落とした。
新聞を読み終えるとアキラ王は目を閉じて、天啓が降りるのを待った。
アキラ王は新聞に隅々まで目を通し、綿密なデータをその頭の中に叩き込んだ。
そうして、おおかたの予想を立てながらも、やはり最後に頼るのは己の勝負師としての
勘であった。
今まで、数々の伝説をうち立て、万馬券ハンターの異名を恣にしていたアキラ王の力の源は、
この恐ろしいほどの勘の良さであった。
「ムッ 決まった。」
アキラ王はカッと目を見開いて、サラサラと紙に番号を書いた。
それを側に控える座間へ飛ばした。
座間はその紙に目を通し、アキラ王に確認をとった。
書いてあるのは三つの番号。
「第一ゲート ヒカルノホマレ 」
アキラ王はニヤリと笑った。良い名だ…。愛するレッドの名前が入っている。
「第三ゲート リトルプリンスアキラ」
ふふ……ボクとレッドでワンツーフィニッシュ。
「第四ゲート きゅーてぃーざまごう」
!!!!!ウソだ――――――――――!
このまま、勘を信じるか、それとも…。
アキラ王苦渋の選択の時であった。
『やはり…簡単には万馬券はとれぬのか…』
アキラ王は、血が滲むほど強く唇を噛み締めた。
(32)
思い悩むアキラ王の前にオガタンが進み出た。
「恐れながら、我が王よ。金沢競馬場では3連単・3連複はまだ導入されておりません。
その中から再び選び直されてはどうでしょう?」
その言葉を受け、少年王の顔が嬉しげに輝いた。
「そうだったな!ボクとした事がすっかり忘れていた。礼を言うぞ、オガタン!」
過日川崎競馬場にて、3連単(1〜3着を着順に予想する)で国内史上最高配当額の
万馬券を当てたアキラ王は、3連単がマイ・ブームになっていたのだ。
しかし、今年解禁されたその方式は未だ殆どの競馬場では導入されていない。
アキラ王はレッドに思いを馳せるあまり、それをうっかり失念していたらしい。
再び目を閉じ、神経を集中させる。だが―――
「…くッ!」
カッと見開いたアキラ王の瞳には苦い色が浮かんでいた。
「………4−1…」
吐き捨てるように言い放つアキラ王に、可憐な執事が明るい声で答える。
「きゅーてぃーざまごう と ヒカルノホマレ、ですな!」
勝負師・アキラ王は、最終レースまでは馬連単(1〜2着を着順に予想)で稼ぎ、
最終レースでその勝ちをすべて単勝(1着を予想)に突っ込む…しかも全部一点買い、
と漢っぷりのいい買い方を常としていた。
つまり今回の予想は1着・きゅーてぃざまごう、2着・ヒカルノホマレという事になる。
レッドと自分の名を冠した馬のワンツーフィニッシュは儚い夢と消えた…。
「…もういい、下がれ座間!お前は外でポニーにでも乗ってくるがいい!」
「ああ、そんな…!出来ればポニーより三角木馬に…」
座間は王の悋気を買ってしまった事に怯えつつも、思わず甘美な願望を口にしてしまった。
「……オガタン、馬券を頼む」
突き刺すような視線を座間に浴びせ、露骨に背を向けるアキラ王。
罰を待ちわび期待に目を潤ませていた座間は、あからさまな放置プレイに切なげに身悶える。
それを尻目にオガタンはアキラ王に軽く頷くと、部屋内に設置された発売窓口へと向かった。
(33)
そこではイチリューが窓口のおばちゃん相手に噂話に花を咲かせていた。
「…前王妃が庭を散歩中、産気付いて慌てて入って産んだのが厩舎だったからアキラ王が
競馬好きって噂があるが、ありゃ違うね。俺が見たとこ、王は天性の勝負師だ。
予想を立てている姿なんか思わず見惚れちまうよ。さすが万馬券ハンターの異名を
取るだけあるさ。そうそう、万馬券と言やぁこないだの……」
途切れる事のないイチリューの話におばちゃんは困惑気味だ。
「イチリュー、馬券を買いたいのだが…」
「ああ、こりゃすまん!馬券?ってことはアキラ王はもう予想を立てちまったって事か!
なんだ、話に夢中で気付かなかったよ。折角間近で見れると思ったのにな。や、でも…」
扇子を忙しなく動かすイチリューの話を聞き流しながら、オガタンは馬券を購入する。
だが、頼まれた分とは別に密かに個人的に購入した馬券があった。…単勝で馬番は3。
アキラ王の名が印されたその馬券を見ていると、つい先程触れた王の美しい裸体が脳裏を
掠める。オガタンはグッとその券を握り締め心に誓う。
――いつかきっと、アキラ王の菊門を散らしてみせる!!
センチメンタリズムに浸っている割りに、頭の中は下品なオガタンだった。
その頃、パドックでは………
「そういやぁ、お馬たんってデカチンなのよねん。ああん、茂人、興奮してきちゃった!
兄貴のデカチンが恋しいわぁん(*´Д`*)ハァハァ」
「茂人たん、大丈夫?どこ見てるの??」
茂人が火照った身体をくねらせ、506がオロオロと心配していた。
(34)
アキラ王の元へと戻ったオガタンは、馬券を差し出しつつ声を掛ける。
「時に我が王よ。いつも単に万馬券を狙うだけではつまらないと思われませんか?」
「どういう事だ?」
オガタンの言に興味を引かれたように、少年王は顔を上げた。
「この私めと勝負を致しませんか?」
「…勝負?」
「そうです。使用金額の上限を定め、最終レースまでにどちらがより多くの金を手に
しているかを競う。勿論、勝負ですから敗者にはそれなりのペナルティを科せると
言うことで、いかがです?」
勝負と聞き、アキラ王の体内に流れる生まれついての勝負師の血がたぎる。
「面白そうだな。ところで、そのペナルティとは一体どんなものなのだ?」
「そうですね…私めが勝った時には、アキラ王に何でも一つ望みを叶えていただける
というのは?」
「いいだろう。では、ボクが勝った時のペナルティだが…」
口元に軽く握った手を沿えて考え込むアキラ王に、すかさずオガタンが口を挟む。
「先程の続きを教えて差し上げましょう」
その言葉を受け、つづき…と口の中で呟きアキラ王は小首を傾げる。
やがて思い当たったのか、大きく頷くと嬉しげに微笑んだ。
「よし、それでいい!いざ勝負だ、オガタン!」
その返答を聞いたオガタンの眼がキラリと光ったのにアキラ王は気付かなかった。
だが、アキラ王から放置プレイ中で悲しみに暮れる座間にはオガタンの思惑が読めた。
即座にそれを進言しようと前に進み出かけたが、途中で足が止まる。
――王が万馬券を取れなければ、お仕置きが待っている…!
先だって言われた言葉を思い出したのだ。アキラ王がみすみすオガタンの手に落ちるのを
黙って見ている事と、自分に与えられる快楽を放棄する事…究極の選択で身動きが取れない。
座間はその場で躊躇している内に、やがてジレンマから恍惚とした表情で新たなる甘美な
世界へと旅立ってしまった。
(35)
いつもとは違った緊張した空気が流れる中、第一レースが始まった。が、突然勢いよく
入り口の扉が開け放たれる。
そこからSPの静止をものともせずに、無遠慮に室内へ一人の男が入って来た。
「へぇ、ここが少年王専用のVIPルームか!」
「お、お前は…ッ!!」
感嘆の声を上げながら興味深げに周囲を見回すその男に、アキラ王は驚愕した。
そこにいたのは、日本棋院遊撃部隊所属・倉田隊員だった。
「任務で近くまで来てたんだけど、アキラ王が来てるって聞いちゃ来ないわけには
いかないだろ?」
飄々と語る倉田を前に、アキラ王の手が拳を握る。
以前アキラ王がレッドに恋焦がれるあまり、某国大統領・シゲミ氏(要英訳)から借り受
けた画像偵察衛星KH-11でレッドを覗き見ていた時、二人仲良くラーメン屋から出て来た
相手がこの倉田だったのだ。その直後のアキラ王の荒れっぷりは、座間が今でも思い出す
だけでウットリと頬を染め、目を閉じるほどのものだった。
そんな訳でアキラ王の倉田に対する心象は非常によろしくない。
だが、アキラ王の突き刺すような視線に気付かないのか、倉田は話を続ける。
「ふーん、アキラ王は競馬にはまってるのか。…まだまだ子供だなぁ。オレは中学で
卒業したぞ?」
アキラ王の座る椅子へと歩み寄り、馴れ馴れしくひょいと手元の競馬新聞を覗き込んだ。
その態度に少年王の白磁の如く滑らかな眉間に皺が刻まれ、鞭を持つ手に力が込もる。
|