誘惑 第一部 31 - 35
(31)
和谷はアキラの抵抗をものともせず、下着ごとズボンを剥ぎ取る。そしてアキラの身体をうつ伏せ
に倒して、誰にともなく呟く。
「このままじゃ、無理なんだよな…?」
上半身にのしかかってアキラの身体を押さえ込んだまま、和谷は自分の中指をまず自分の口に
含み、唾液で浸らせてから、アキラの肛門にゆっくりと押し入れた。押し入れた指が感じる、アキラ
の内部の未知の感触に、和谷は思わず目を瞑った。
それから、ネットで得た正しいのかどうかもわからない知識を元に、和谷はアキラを攻め始めた。
―確か、あの話ではこんな風にしてた。まず最初に前立腺を攻めて、よがらせておいて、入り口を
よくほぐしてから、それから…
和谷の指がアキラのポイントをかすめて、アキラの背が大きく跳ねた。
自分のしている事がどうやら間違ってはいなかったらしいと思い、和谷はほっとした。ほっとしながら、
もう一度、アキラの中のポイントを探る。ある場所を指が掠めると、アキラの身体が激しく反応する。
和谷はにっと笑って、指を一本増やした。自分の下で、白いしなやかな肢体が自分の与える刺激に
敏感に反応する。その動きに、和谷は興奮した。
途中から、アキラはあっさりと抵抗を放棄していた。
抵抗が相手の獣性を昂ぶらせるだけだと言う事を、アキラは知っていた。抵抗しようがするまいが
どうせ結果は同じ事だ。それならさっさと意思など手放して、自分の身体が享受する快楽だけを
貪っていればいい。そうする事でアキラは自分から相手の存在を切り離し、追いやろうとした。
身体の中で何かがアキラを探るように動く。慣れていない様子の的外れの動きを調整するように、
自分から刺激を求めて腰を動かした。
目を瞑り耳を塞いで、触覚と、身体の奥から這い上がる感覚に意識を集中させる。ひとたび欲望の
回路を開けば乱暴さはむしろ心地よく、苦痛は快感にすり替わる。注ぎ込まれる熱を原料に自らを
煽れば、欲望は際限なく膨れ上がり、もっと、もっと、と更に激しい刺激をせがむ。
そうしてようやく待ち望んでいた熱い楔が体内に穿ち込まれるのを感じて、アキラは喜悦に声を上げ、
それを逃がさぬようにしっかりとくわえ込み、締め付けた。
(32)
和谷は自分の下でいつの間にか変貌していたアキラに、怖れながら心を奪われていた。
淫らな喘ぎ声を絶え間なく上げながら、自分を追い立てる声。
「…あぁ、そう…そこ……んん…はぁっ…あ、…あ…ん、い…い………!」
アキラを犯しているのは自分の筈なのに、犯されているような錯覚を感じながら、和谷は言われるが
ままにアキラに腰を打ちつけた。
「……や…ダメ…ぅんん、そう……や…ぁあっ……」
アキラの声が和谷を誘導し、煽り、弄る。
「…や、ま…だ……あ、あぁあっ…イヤ……あ、はぁ…あ…ん、………」
目をきつく閉じたまま、アキラは頭を振り、背をのけぞらせ、和谷を追い立てる。
命ぜられた通りに和谷は激しくアキラを突き上げる。
アキラは注ぎ込まれる和谷の熱も欲望も精力も全てを飲み込み、奪い尽くすように、もっと激しく、
更に強く、と煽り立てる。
「や…やぁっ…あ、あぁあああーーー!!」
そうして甘い愉悦に富んだ嬌声を高く上げて、アキラが和谷を置き去りにして到達した。
そのエクスタシーに震える体が和谷を激しく締め付け、遅れて和谷もアキラの中に欲望を放った。
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二人の荒い息だけが室内に響いている。けれど、なぜか自分ひとりが取り残されたような気がして、
和谷は先程まで抱いていた熱い身体の持ち主を呼んだ。
「塔、矢…」
けれどその呼びかけに応えは無い。
「塔矢…!」
室内に自分の声だけが響き渡る。
「塔矢!!」
耐え切れずに、アキラの肩を掴んで自分の方を向かせた。冷たい無表情な眼差しが和谷を見返
した。その視線に和谷は背筋が凍る思いをした。熱い身体と荒い息。黒い瞳は未だ冷め遣らない
情欲の熾火に潤んでいるというのに、その眼差しは凍りつくように冷たい。
「おまえ、今、誰の事、考えてたんだよ…?」
アキラは荒い息をつくだけで、答えない。
「…言えよ!誰の事、考えてたんだよ!?」
「別に…誰も。」
かすれながらもその声は冷ややかだった。
「オレに、抱かれながら…」
「…キミに?」
その声色に和谷はゾッとした。
「…怒ってる…のか…?」
何をバカな事を言っているんだろう、と思う。あれは合意なんかじゃない。強姦だ。怒るのは当然だ。
「別に。」
冷たい声が返ってくる。半身を起こしたしどけない格好で、裸体を隠そうともせずにアキラは言った。
「気が済んだ?それなら帰るよ。」
「待てよっ、塔矢!」
和谷の叫びなど耳に入らないように、アキラは部屋の隅に転がっていたティッシュの箱を引き寄せ、
おざなりに身体の汚れを拭き取り、立ち上がろうとした。その肩を和谷に掴まれて、振り返る。
「しつこいなあ、まだやるの?」
「違う…そうじゃなくて…」
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「塔矢…!」
彼の名を呼びながら、引き戻したアキラの身体を、和谷は抱いた。
だがどんなに強く抱きしめても、アキラはずっと遠くにいるような気がした。
「おまえが好きなんだ、塔矢…」
こうして抱きしめていても、きっと、塔矢はうんざりしたような目をしているのを、オレは知っている。
それでもこの身体を―身体だけでも、放したくない。
「どうしたら、わかってもらえるんだ…好きなんだ…塔矢……塔矢…………アキラ、」
それまで無表情だったアキラの目が突如、見開かれた。
が、和谷はそれに気付かずに続けた。
「アキラ…好きだ…」
「今、ボクを…なんて、呼んだ…?」
怒りをはらんだ低い声でアキラが言う。
「……?」
アキラの声が、身体が、僅かに震えている。
「ボクを、そんな風に、呼ぶな。ボクを、そう呼んでいいのは一人だけだ。キミなんかじゃない、」
「アキラ…って」
「やめろ!!」
「呼んだのを、怒ってるのか…?」
「やめろっ!!キミに、そんな呼び方を誰が許した!?
そんな…、そんな風にボクを呼んでいいのは緒方さんだけだ!!」
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そう言ってしまってから、自分が口にした名前にアキラは目を見張る。戦慄に身体が震える。
「緒方…十段?」
和谷が抱いていたアキラの身体を放した。
「なんで…、なんでそこで緒方十段の名前が出て来るんだ。
おまえの相手は進藤だけじゃあないのかよ…?」
アキラはうろたえていた。自分でも自分がわからなかった。
なぜ、ここで彼の名が出てきてしまったのか。
―ボクは、そんな風に思ってたのか?
「違う、違う…ボクは…」
「答えろよ!おまえ、緒方十段とも寝てんのかよ!?」
和谷がアキラの肩を掴んで揺さぶる。
「ないよ!緒方さんとは…」
「大した奴だな…緒方十段、進藤、オレ、他には誰とヤったんだよ?」
「違う、違う、緒方さんとは、もう会ってない。進藤だけだ…」
「そうだよな、オレとでも、好きでもなんでもなくても出来るんだよな。誰とだって。
あんなよがり声を上げるんだよな。オレを誘惑したみたいに、緒方十段も誘惑したのかよ?
へっ、緒方のヤツも女には不自由しないみたいに言われてるくせに…」
「緒方さんを侮辱するな!」
「進藤をたぶらかしておいて、緒方十段とも寝てるなんてな。進藤に教えてやったら…」
「緒方さんとは会ってない!!」
そう叫んで、和谷の身体を突き放した。
「何も、知らないくせに。」
怒りに燃える黒い瞳がギリギリと和谷を睨み上げた。
「キミが、何を知っているって言うんだ。
キミが、ボクの、緒方さんの、何を知ってるって言うんだ…!」
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