平安幻想異聞録-異聞-<水恋鳥> 31 - 35


(31)
佐為の唇が、胸の果実を離れ、その二つの実の間の胸筋の極浅いくぼみのような
谷間を這った。
ヒカルの体は全身が極端に感じやすくなっていて、佐為の息がその体に吹き
かかっただけで、痺れに体を振るわせ、声をあげた。
「はっ、あんっっ!あんっっ!あんっっ!やっぁん、あっっ!」
休む間もなく乱暴に揺さぶられて、ヒカルが腹の底からわき出したような鋭い嬌声を
つむぎ続ける。
耐えかねて、ヒカルの足が細かく痙攣しながら佐為の腰を強く締め付けていた。
「熱い、熱い、やだっっ! はんっ!」
濡れた睫毛の奥で薄く開かれた瞳は、法悦の中で焦点を合わすことを放棄して、
ただ透明な液体をこぼしている。
佐為が、ヒカルの男根の根を解放した。
同時に自分も、中に溜めた精をヒカルの中に打ち付けるように吐きだす。
「あぁぁぁっーー―――!」
身をよじるようにしてヒカルが、体を大きく弓にしならせた。
ヒカルの放ったものが、川の中で白いもやのように広がって、下流へと流されて
消えた。
佐為は、今は自由になったほうの手でヒカルの下肢を引き寄せ、腰を押し付ける
ような動作で、断続的にヒカルの奥に残りの精を吐きだした。
「あぁぁっ……ああ……っ……あぁ……」
それが、自分の内壁を塗らす熱さを感じる度、ヒカルも合わせて途切れ途切れに
か細い喘ぎを漏らす。
背中にまとめた腕をほどき、自由にしてやる。それから最後まで精を出しきって
しまった自身もヒカルの体から抜いてやると、ふぅっとヒカルの体から力が
抜けるのが判った。
柔らかくなった体は、そのまま下に沈んで………
「ヒカル?!」
そのまま川に体を沈めて溺れそうになったヒカルを、佐為は慌てて抱え上げると、
すぐ近くの低い岩の上に押し上げた。


(32)
平らな岩の上で体を丸めて咳き込むヒカルの顔を覗き込むようにしながら、
背をさすってやる。
飲んでしまった水をひと通り吐きだして、苦しい息を整えてからヒカルが
言った。
「あー、びっくりした」
「びっくりしたのは、こっちです」
陽は天頂近くまで上り、鳥の囀りがあたりに降るようにこだましている。
明るい陽射しに透けた木の葉の影が、風が吹くたび、ヒカルの濡れた体の
上でチラチラと踊っていた。
安心して体を放そうとした佐為を、ヒカルが長い黒髪の一束を握るようにして
引き止めた。
「気持ち良かった? 佐為」
――本当はこんなやり方よりも、もっと優しい交わりの方が好きなくせに、
この子は、と思う。
「ヒカルは、怖かったんじゃないですか?」
「……うん、少し怖かったよ」
そう言って笑うヒカルを見ていると、一人で悩んで落ち込んでいた自分が
馬鹿らしくなる。
こんな醜い自分でも、ヒカルがそれでいいと言ってくれているのだから、いいでは
ないか。ヒカルが好きだと言ってくれるのだから、いいではないかと思えるのだ。
佐為はヒカルの手を取って、その指先に口付けした。ヒカルが、その笑顔を少し
艶めいたものに変えて、自分の指をたどる佐為の唇を見つめている。
小指の先を軽く銜えれば、鼻にかかったような甘い声がついて出た。
この次は、ヒカルが一番好きな優しいやり方で、溶ろかすように抱いてあげ
ようと密かに考えながら、佐為はその唇をヒカルの唇の上に運ぶ。
触れるだけの極短い口付けのあと、近くの木にかけられた着物を取って身支度を
整える。まだ少し湿っていたが充分だ。体を起こすのが辛そうなヒカルにも着物を
取って羽織らせる。
指貫の腰帯を締め、狩衣の襟元を整えながら、ヒカルが佐為を見て笑い声を
漏らした。


(33)
「お前、無駄だったなぁ」
水の中に入った佐為の髪は重く濡れていて、そこから滴る水が、佐為の狩衣の
背中をも濡らしてしまっていたのだ。
「歩いているうちに乾きますよ、これくらい」
ヒカルに手を貸して、立ち上がるのを助けてやる。
「あ、」
ヒカルの視線が佐為を飛び越して、その向こうの虚空を見た。
怪訝に思って佐為が振り返るのと、何か赤いものが視界を横切って林の奥に
消えていくのは同時だった。
その後を追うように、例の鳴き声がする。転がり落ちる鈴のようなそれだ。
「佐為、行ってみよう!」
ふたりして、今度は静かにその林床へ忍び寄った。
下生えをかき分けて行くと、鳴き声とともに、林の木々の枝が交錯する中に
すぐにそれは見つかった。
名前の通り、赤い。
頭のてっぺんから、尾の先まで真っ赤な鳥だった。
「佐為、あれ?」
ヒカルが確かめるように、佐為を見上げる。
「えぇ、そうです」
佐為が昔、どこかの書物で見た通りの姿だった。ただ思ったより大きいのに
驚いた。もっと小鳥のような鳥を想像していたのに、これは鳩ほどもある。
こうして見ると、どうしてさっき見つけられなかったのかと思うほど
華やかな鳥だ。
それが緑の枝から枝へと飛び移る姿は、まるで篝火があちらこちらへ飛んで
移動しているようだった。
「あれって、水の近くにしか住まないんだ?」
そのヒカルの問いに、佐為は唐突に、自分の中で細切れに散らばっていた記憶の
かけらが繋がっていくのを感じた。そうだった、この鳥は。


(34)
「水が飲みたいからこの鳥はいつも、川や湖の近くにいるのだそうですよ。でも、
 いざ喉を潤そうと水を飲もうとすると、水の中に恐ろしい炎が燃えているの
 です。それは鳥自身の姿なのですが、赤翡翠はそれが怖くて、水に口を付けられ
 ないのだということです」
今朝、顔を洗ったときに心をよぎった昔話。遠い昔に母から聞いたその話を、
自分はいつのまにか他の伝承や物語とまぜて、物の怪か何かの話だと思って
いたのだ。
「喉が渇いているのに水が飲めないから、この鳥はいつも水辺で水が欲しいと
 鳴いている。時には山の神様が哀れに思って、鳥のために雨を降らしてくれ
 るのだとか」
この鳥が鳴くと雨が降る、と昔から言われているのはその為だ。
「だから赤翡翠は、水乞い鳥とか、水恋鳥とも呼ばれているのですよ」
「ふぅん」とヒカルはどこか、気のないそぶりで佐為の話を聞いていた。
目で鳥の姿を追いかけるのに懸命なのだろう。
赤翡翠の姿が林の奥の暗闇に消えるまで眺めて満足してから、ヒカルは庵の
方へ帰るために歩き始める。
「いいもん、見たなぁ」
と上機嫌だ。そのヒカルの背を追って歩きながら、佐為はいつのまにか深い
思索の海に沈んでいた。
昔から、興味があること以外には冷めていると言われてきた。そのかわり
一度のめり込んだら果てがない自身の妄執の恐ろしさ、醜さは自分が一番
よく知っている。


(35)
時に思うことがあるのだ。自分はこの妄執が元で、いつか身を滅ぼすかも
しれないと。
以前、勝ってはいけない帝との対局に、手を緩める事ができず、勝ってしまっ
たときのように。
好きな事に関して、妥協をゆるせないこの性格が故に。
宮中でまた、あの時のように、その性分ゆえに自身の身を政治的な危険に
晒すことがあるかも知れない。あるいは、流罪や死罪などということも。
その時、自分はヒカルをどうするつもりだろう。
囲碁は自分にとって血肉のようなものだ。切り離して考えることはできない。
だが、ヒカルの存在にも固執している自分がいる。
もし、死罪などと命じられたら、碁も捨てられず、ヒカルも捨てられない自分は、
黄泉路まで彼を一緒に連れて行き共に滅ぶことを望んでしまうのではない
だろうか。
いや、それはしてはいけない。
もしその時が来たら、自分の醜い我侭でこの腕に捕らえてしまったこの鳥を、
きちんと空に返してやらねば。
本来いるべき場所に帰らせるために。
ヒカルの手を放してやること。それが自分がヒカルにしてやれる、最後のこと
なのだ。
そこまで考えて、佐為はさすがに自嘲した。
これでは、またヒカルに「早く年取るぞ」と笑われてしまう。
――今日明日、死んでしまうわけでもあるまいに。


日も傾き、鳥達もねぐらに帰り始める頃、二人は荷物をまとめて馬に括り付けた。
明日からは、また仕事だ。ヒカルは検非違使の。佐為は囲碁指南の。とは言っても、
ヒカルの務めは佐為の警護なわけだから、結局ふたりはまた朝から顔をつきあわす
ことになるのだが。
馬の背にまたがったヒカルが腰を押さえて少し顔をゆがめた。
「大丈夫ですか?」



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