失着点・龍界編 31 - 35


(31)
一方、
「龍山」を出た後、沢淵の名が記憶のどこかに引っ掛かり、後で棋院会館で
その事を調べようと思った緒方だったが、碁会所に着いてアキラがまだ来て
いない事を知った。
予定の指導碁に取りかかるものの、30分、一時間と待ってもアキラが
現れず、市河らが心配する会話をし始めた。
「…学校で居残りでもしているかな。迎えに行ってみるよ。」
指導碁を切り上げ、周囲を不安がらせないように緒方は冷静に声を掛けて
碁会所を出て、自宅、学校、そして棋院会館と一通り探す。
だが、アキラの姿はどこにもなかった。
ふと、「龍山」で対局中に沢淵が何かを耳打ちされていた場面が頭の中を
よぎった。
「…まさ…か…」
車を運転しながらも緒方はハンドルを握る手から血の気が引いていく
感じがした。
「アキ…ラ…!!」
そしてもう一度「龍山」に行くが、沢淵の姿はなく、「何か忘れ物でも?」
と対応する席亭を押し退けて奥を覗く。そこには先の客と打つ三谷の姿が
あった。あの後何度か対局し勝ち続けているらしい。
「もう諦めたら…?」
相手を挑発するように三谷は椅子にもたれかかって胸のボタンを開けた
シャツの隙間から白い胸を見せ、けだるそうにため息をつく。
それが彼のここでの「役割」なのだろう。


(32)
すっかり頭に血を登らせた相手が苛立たし気にタバコを灰皿にねじ込み
「もう一勝負だ!」
と背広の中の札入れを探っている。緒方がそんな三谷の方に向かおうとした。
「…困りますね、先生。勝手な事は…」
店の男が数人立ち上がり、鋭い視線を緒方に向けている。
「…沢淵という人は、今どちらに?」
席亭の胸ぐらを掴みたい衝動を押さえて問う。
「さあ…ところで先生、どうです?打つのであれば、案内しますが。」
今はそんな暇はない。緒方は舌打ちをすると店を出た。
ビルを出て駐車場に向かい、車を発信させ表通りに出る。
沢淵の事を調べるしかない。
それと入れ違うように通りを緒方の車が向かう反対の方向に走る
ヒカル達の姿があった。だが互いに気がつく事はなかった。

詳しい事情は話せないままビルの前に到着し、もし一時間経っても自分が出て
来なかったら緒方に連絡を取るよう和谷と伊角に頼みヒカルは問題の
ビルの中に入って行った。
碁会所「龍山」を見つけ、ヒカルは意を決してその店に足を踏み入れる。
「いらっしゃい、坊や一人かい?」
「…塔矢3段が、ここに来たはずなんだけど…」


(33)
「さあ…どうだったかねえ…」
席亭にとぼけられる。店の中を見回したヒカルはあの時の男達がいるのを見て
息を飲んだ。三谷を抱いていた方の2人だ。
「ほお、予定より一日早く来るとは感心だな。」
そして三谷もヒカルに気がついて驚いたように立ち上がった。
その三谷に掴み掛かるようにしてヒカルは問いつめた。
「塔矢はどこだ!?」
「塔矢は…、」
三谷が口籠った。と同時に直感でヒカルが失踪した棋士仲間が塔矢である事を
察した。ヒカルは塔矢を救いに来たのだ。自分の為ではなく…。
ふいに男が三谷の腕を掴んで引き寄せ、耳もとで何かを指示して来た。
男の言葉に、三谷はぐっと唇を噛んだ。
そして男達はヒカルに三谷について行くよう命じた。
「沢淵さんはあっちで楽しんでいるんだ。オレ達はオレ達で楽しもうぜ…。」
男達がそう小声で話しているのが聞こえて来た。
カウンターでカギを受け取った三谷に連れられるようにヒカルは
「龍山」を出る。
建物の裏の出口から隣接したビルに入る。念のため裏を見張っていた伊角が
それを見かけて携帯で和谷に連絡をとった。和谷は和谷で必死に緒方の
居場所をあちこちに連絡をとって探していた。


(34)
ヒカルは三谷とエレベーターで上がり、止まった所で降りるとそこはビジネス
ホテルのように個室が列んでいた。その内の一室に入る。ベッドと鏡のある
洗面台とシャワー室だけの殺風景な部屋だった。
そのベッドに三谷は腰掛けた。安っぽいスプリングが軋む音をたてる。
「あれがカメラだから」
三谷の言葉の意味が分からずヒカルが怪訝そうに天井の片隅のそれを見る。
「つまり…オレとお前のsexを連中に見せるって事。」
ヒカルはカッとなった。
「言う事を聞かないと、先に来たあいつがどうなるか分からないってさ…」
ヒカルは怒りで体が震えた。
「…塔矢はどこに…?まさか、あのマンション…」
「…たぶん」
ヒカルは足元が崩れるような感覚がした。自分があんな目に合い、
三谷がああいう事をされたあの場所に、アキラが…。
とにかく今は三谷の言う通りに指示に従うしか他になかった。
三谷と向き合い、複雑な思いで見つめ合う。が、意を決したように
ヒカルは三谷の肩を掴むと顔を引き寄せた。

さかのぼる事1時間半程前―。
ヒカルが最初に連れて来られたマンションの一室。
雨戸が閉められた和室の中で、アキラは沢淵と碁を打たされていた。
その和室の隣に中央にベッドがある洋室があり、その洋室の向こうにある
玄関のドアの所に一人、見張りの男が立っていた。


(35)
ビルの一室で男達に拘束された時、アキラは罠に落ちたと瞬時に理解した。
身代金目的の誘拐の類いではないことはすぐにわかった。
「…たぶん、進藤君も、すぐに来ます。」
沢淵のその言葉を聞かされたからだった。
ヒカルの携帯がなぜ彼等の手に渡ったのか、詳しくは話されなかった。
ただ、その時、ヒカルが彼等に何をされたかは想像に難くなかった。
今思えば病院でのヒカルの様子が少しおかしかった。ただそれは
交通事故に遭ったショックからだと思っていた。
「とりあえず、ぜひ一度私と打って下さい。」
沢淵は比較的丁寧にアキラにその頼みごとをして来た。
答に選択の余地が無い事は男達の雰囲気でわかった。
彼等が意外に思う程にアキラはその頼みごとを受け、大人しく従い、
この場所まで来た。
アキラの瞳は、拉致される恐怖におののくと言うより、さながら
ヒカルに某かの手を出した連中に対峙するという決意の意志を秘めていた。
「…ボクが勝てばボクを直ちに解放し、ヒカルにも手を出さないと
約束してくれますか。」
沢淵は嬉しそうに頷く。
「もちろんそのつもりです。ただ、私が勝った場合は…」
マンションの和室に正座し、見張り以外の男達を払って沢淵は言葉を続けた。
「…一晩だけ、私と過ごしていただけますか、塔矢アキラ先生。」
その言葉が意味するところをアキラは理解していた。



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