痴漢電車 お持ち帰り編 31 - 35
(31)
「なんでオマエがここにいるんだよぉ!」
ドアを開けての開口一番のこの言葉に、母親の方がビックリしていた。お茶とケーキをのせた
お盆を持って、ヒカルの後ろを付いてきていたのである。
「まあ!なんて口の聞き方をするの!」
母は、ヒカルを厳しくたしなめた。
「だって………」
だって、コイツは悪いヤツなんだ。お母さんだってコイツがオレにしたことを知ったら、
絶対そんなこと言わないはずだ。
ヒカルはムッツリと黙り込んだ。
「ごめんなさいね……」
と、謝る母を見てヒカルはますますムッとなった。
「いえ、気にしていませんから…」
と、アキラはにっこり微笑む…………なんて外面のいいヤツだ。あんなに悪いヤツなのに、コレじゃ
オレの方が悪者じゃないか。おまけに、何二人で楽しそうに、世間話してるんだよ。
すっかり、すねてしまったヒカルを見て母が溜息を吐いた。
「いつまでも子供なんだから…塔矢君を見習って欲しいわ…」
母は、アキラに「それじゃ、ゆっくりしていってね」と挨拶して出て行った。
二人きりにされると急に心細くなってしまった。アキラはニコニコとヒカルを見ている。
何がそんなに嬉しいのだろうか?また、この前みたいにヤルつもりだろうか………。今日は
下に母もいるし………困る………ハッ!困るって何だ!?……ヘンだ…自分は怒っている
はずなのに………アキラが来てくれてちょっと…うれしいかも………
(32)
「進藤…食べないの?好きだろ?」
アキラが床に置かれたお盆を目で示した。その上には、ミルクティーとケーキが乗っている。
ヒカルが好きだと言っていたイチゴのショートケーキとモンブランだ。
「コレ……オマエが持ってきたの?」
アキラが頷く。そう言えば、さっきお母さんが「お持たせですけど、どうぞ」とか言っていた。
「この前、進藤それが好きだって言ってたから……」
アキラは本当に嬉しそうに笑っている。ヒカルはなんだか自分がとても悪いことをして
いるような気持ちになった。
――――――オマエの持って来たモンなんか喰わネエよ!
とか言ったら、自分の方が顰蹙を買いそうだ。おかしい。被害者は自分の方なのに………。
ヒカルは、無言でフォークでケーキを突き刺した。クリームをすくい上げ、口に運ぶ。
「………おいしい…」
「そう、よかった…」
アキラがあんまりニコニコ笑っているので、居心地が悪い。
「オレ…怒っているんだからな…」
「ゴメン……」
「オレが怒っている理由わかって謝ってるのか?」
「申し訳ないけど、全然見当も付かない……だから、どこがいけなかったのか教えて欲しい…」
冗談ではないらしい。アキラにはヒカルが怒っている理由が本当にわかっていないのだ。
(33)
ヒカルは、怒るより呆れた。しょうがないので教えてやることにした。
「ウソつきだからだ!」
スケベなところ、ヘンタイなところ、他にもいろいろあるが、コレが一番腹立たしいのだ。
「ウソ?何もしないって言ったのに、ヤッちゃたこと?それはボクも悪いと思っているんだ………
でも、進藤があんまり可愛かったから……ガマンできなくて……だって、湯上がりの進藤ってば、
スゴク色っぽくて…………」
恥ずかしいことを平気な顔で言うアキラにヒカルの方が赤面した。
「ち、ちがう!オレのこと好きだってこと!」
「え?」
アキラが急に真顔になった。あまりに真剣なその顔つきにヒカルは怯んだ。
「ボクがキミを好きってことのどこがウソ?」
「…………だって…ヘンだもん……」
悪いことをして叱られる子供みたいにヒカルはボソボソと言った。
「ヘンって何が……?」
アキラの追及は厳しい。いつの間にか立場が逆転していることに、ヒカルは気が付いていたが、
どうしようも出来なかった。
「告白よりエッチが先なんておかしいよ!あかりもそう言ってた!ホントに好きなら
そんなことしないって!」
あまりにアキラがしつこく聞くので、ついに、こんな事を大声で叫んでしまった。
言った後で「あっ」と口を押さえる。お母さんに聞こえたら、どうするんだ!だが、アキラは
別のことに引っかかったらしい。
「…………………………………キミ…他の人にボク達のこと言ったの?」
と、呆れたように言った。
(34)
「…………………………………キミ…他の人にボク達のこと言ったの?」
アキラが訊ねると、ヒカルはムッとした顔をした。
「違うよ!ちゃんと友達から相談受けたって言ったもん!」
「……………………………………………」
無言になってしまった。
「友達に相談されて」とか「知人の話なんだけど」の枕詞で始まる相談事は、大抵
本人である場合が多い。『あかり』さんとやらは確かヒカルの幼なじみの女の子だ。
彼女はそれをどう受け取ったのかはわからない。額面通りに受け取ったか……いや、
あの言葉はヒカルのことだと勘を働かせて牽制をかけてきたのでは無いだろうか?
だいたいヒカルみたいな世間知らずに恋愛相談を持ちかけるヤツがいるだろうか?周りを
見渡せば、他に適任者はいくらでもいる。
――――――進藤に恋愛相談するより、家の金魚に話しを聞いてもらう方がよっぽど気持ちが
落ち着くというものだ。
まあ、ともかく、コレでヒカルは名実ともに自分のモノになったわけだ。
「あかりはそれはフツウじゃないって言ってた!」
ヒカルは必死にアキラに訴えている。ムキになるヒカルは可愛すぎる。ついついからかいたく
なるではないか。
「フツウじゃないよ。それがどうかした?」
「………え?」
ヒカルはビックリして目を丸くしている。ただでさえ大きな目が更に三割り増しだ。
「男のキミを好きになった時点でボクはフツウの範疇から逸脱しているよ…だから何?」
「………え…えぇっと………」
「フツウじゃないボクがフツウじゃないことしたからって、それが何?」
「……………………」
(35)
立て板に水………予め用意をしていたかのように流暢に切り返されて、ヒカルは言葉に
詰まった。こうなってしまうとヒカルにはちょっと反撃できない。
考えてみれば小学生の時から、アキラの口は達者だった。「辛酸」とか「苦渋」とか
フツウの小学生の口からはまずでない。その後もなにやら難しい言葉を一気にしゃべっていた。
その時何を言っていたのか、今でも全然思い出せない。
『コイツ、劇とかで台本全部覚えてから、練習に出たりしてたんだろーな………』
学芸会で木の役とか通行人しかできなかったヒカルとは大違いだ――と、そんなこと考えている
場合じゃなかった。
『えーっと、えーっと…………そーだ!』
そんなのただの屁理屈じゃんか―――――――と、反論しようとしたヒカルの肩をアキラが
ガッと掴んだ。面食らっているヒカルの間近に顔が近づいてくる。
『え?えぇ?』
真剣な眼差しで、アキラはヒカルに問いかけた。
「………で、キミの返事は?」
「え?返事って?」
「ボクはキミに好きだと言ったよ?でも、キミの返事はまだもらってない………」
掴まれた両肩が痛い。アキラの目はヒカルが目を逸らすことを赦してはくれなかった。
「えっと…………」
ヒカルは考え込んでしまった。
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