とびら 第五章 31 - 35


(31)
緒方の骨ばった手にヒカルの細い指がからんでいる。
アキラは頭に血がのぼりそうだった。
「ほら、放せ。俺はまだ食べるんだ。手をつかまれてちゃ箸が持てん」
つい、と緒方が手を振りほどいた。笑っているがぎこちなさが残っている。
「オレだってまだ食べるよ」
そう言うと、いきなりヒカルは服のすそをめくり、それをあごの下にはさんだ。
ヒカルの腹が見える。驚いているアキラをしり目に、ベルトを外しはじめた。
「進藤!? 何をしてるんだ!」
叫ぶアキラをヒカルはいぶかしそうに見る。
「なに怒鳴ってんだよ。ちょっときつくなってきたから、ゆるめてるだけだ」
「きみは恥ずかしくないのか!?」
「なんで恥ずかしがんなきゃいけないんだよ。見てんのはおまえと緒方先生だけじゃん」
それが問題なのだ。なぜわからないのだ。
緒方はほう、と声を上げ、ヒカルの腹に手をあててきた。
「進藤、おまえ腰が細いな。それにあれだけ食べても腹が出てないじゃないか」
撫でさすられ、ヒカルはくすぐったそうにしたが嫌がりはしなかった。
アキラは怒りで目の前が真っ赤に染まるのを感じた。
手ならまだ我慢できるが、普段はかくれている場所を触れさせたくなかった。
しかしヒカルはそんなアキラには気付いていないようで、緒方と話し続けている。
「そんなに細いかなあ。別に普通だと思うけど。そう言えば、うちのお父さんのお腹、
最近出てきたんだよね。緒方先生もそうなの?」
「俺はまだ出てないぞ」
ムキになって緒方が言うと、ヒカルは手をのばして緒方の腹をさわった。
「ほんとだ、腹筋がある。緒方先生、鍛えてるんだ」
ぽんぽん、と叩きながら笑いかける。
もう見ていられなかった。
気付くとアキラは勢いよく立ち上がっていた。
椅子が倒れ、手に当たった器がひっくり返った。
ポン酢のタレがテーブルに広がり、床にまでしたたり落ちた。


(32)
「わ! 塔矢、何やってんだよっ」
ヒカルも慌てて立ち上がり、おしぼりでテーブルを拭きだした。
だがその手を緒方が止めた。
「まずは自分の汚れを落とせ」
タレはヒカルのジーンズにもかかっていた。アキラは我に返った。
「すまない、進藤」
「別にいいけど、どうしたんだよ急に立ち上がって」
「いや……」
店主がやってきて、てきぱきと片付けていく。
「あっちの奥に洗面所がありますから、どうぞ」
新しいおしぼりを店主がヒカルに手渡そうとするのを、横からアキラは奪い取った。
「染みになる前に拭こう」
「おい、自分で出来るってば」
しかしアキラは有無を言わさずヒカルを引っ張って行った。
洗面所は薄汚れて照明も暗く、狭かった。
アキラはしゃがみ、広がった染みを見た。自分の失態に情けなくなる。
せめてものつぐないに、ジーンズの染みをきれいにぬぐいとろうと思った。
「塔矢、本当にいいから! 自分でやるよっ」
「ボクのせいで汚してしまったのだから、ボクがやる」
丁寧におしぼりをジーンズのふとももの部分に当てる。
ヒカルの身体がわずかにこわばった気がしたが、アキラは気にせずに拭いていった。
おしぼりの白が赤く染まるのと同時に、染みの色も薄くなっていった。
もういいだろう、とアキラが顔を上げると、ヒカルはこぶしを握りしめて、何かに耐えて
いるような顔をしていた。
「進藤?」
「……サンキュ、もういいよ……」
かすれた声をしている。息が上がっているようで、アキラは不思議に思った。
「どうしたんだ?」
「なんでも、ない……」
顔をそらしたために、首筋がよく見えた。アキラの目がそこに吸い寄せられた。
ほんのりと色づいているのは気のせいではないだろう。
アキラはおしぼりを持ち直すと、今度はゆっくりとふとももから上へと移動させた。


(33)
足のつけ根に触れると、ヒカルがおしぼりを持ったほうの手首を強くはたいた。
「やめろよ、塔矢!」
「ボクは拭いているだけだ。ほら、まだ染みが残っている」
わざと股の近くを指先でなぞる。するとヒカルは苦しそうに吐息を漏らした。
「感じてるの?」
「うるさいっ。いい加減にしろよ!」
ヒカルは本気で怒っているようだった。
だがアキラは手を止めることなどしなかった。
股間を揉みしごき、その形をたしかめるように撫で上げた。
「く、んっ……」
ヒカルは唇を強くかみしめた。声を閉じ込めようとしているのだろう。
アキラは指をのばし、その唇に触れた。
「あまり噛むと切れるよ」
言いながら顔を近づけると、ヒカルが睨んできた。だが怖くない。
濡れた瞳に心を奪われそうになる。いや、もうとっくに奪われている。
「キスしていい?」
「噛みついてやる」
「かまわない」
言うやいなや、引き結んだヒカルの唇に自分の唇を重ねた。
わずかに吐息がこすれるような、軽い口づけだった。
ヒカルは噛みついてはこなかった。応えてもこなかったが。
離れて、その顔を見る。やはりけわしい表情をしていた。
「こんなとこでサカんなよ」
「ボクは本当に何の含みもなく拭いていたのに、勝手にそういう気分になったのはきみ
のほうじゃないの?」
ヒカルの頬が紅潮した。自分の言葉がそうさせたのだと思うとうれしくなる。
手をのばす。ヒカルは逃げようとしたがそんな隙間はない。
やすやすとアキラはその顎をつかみ、唇を押しつけ舌を侵入させた。
奥へと逃げるヒカルの舌をからめとり、きつく吸い上げる。
背中をなでまわし、そのまま尻をまさぐろうとした。
だがヒカルがその手を容赦なくつねってきた。
その痛みにアキラは反射的にヒカルから身体をはなした。


(34)
「きみが、誘ったんだ」
赤くなった手の甲を撫でさすり、そしてそこを舐めながらアキラは言った。
案の定、ヒカルは息まいた。
「なに言ってんだよ、おまえ! オレは誘ってねえよ!!」
「誘っている」
ぴしゃりとアキラは言い放った。
「その仕種で、指で、髪で、瞳で、唇で、吐息で、全身で、きみは誘っている」
ヒカルの頬に触れながら、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「自覚が無いの?」
アキラの静かな口調に気圧されたのか、ヒカルは黙ったままだった。
だが頭を勢いよく振ると、アキラを押しのけ、目の前のドアノブをつかんだ。
「誘っていようがなんだろうが、オレはこんなショウベンくさいところでする気なんて
さらさらないからな! もう戻る。あんまり遅いと緒方先生が変に思うかもしれねえ」
緒方という名にアキラは心がまた騒ぐのを感じた。
「そんなに緒方さんが気になるのか」
「あたりまえだろ。オレとおまえのあんなところを見られてんだぜ」
ヒカルは肩越しに言葉を返してきた。
「緒方さんはそんなことは気にしない」
「オレが気にするんだよ」
「……相手が緒方さんだから?」
無理やりヒカルの身体をドアに押さえつけ、アキラはジーンズに手をつっこんだ。
ベルトがゆるめられていたので難なく入れることができた。
「やめろよ! 塔矢!」
ヒカルはわめくが、気にせずにアキラは直接ヒカルのそれを握りこんだ。
「っ、つめてっ」
「きみのこれが熱いんだよ」
言いながら、アキラは後ろに隠れている袋にも触れた。
それを揉みこむが、その感触に違和感を覚えた。これは――――。
アキラはさらにひじまでジーンズの中に入れ、指をヒカルの後孔へとまわした。
突き入れたアキラの指は、ねっとりとした柔らかなひだに受け入れられた。


(35)
ヒカルの今日一日のことがすべてわかったような気がした。
「進藤! きみは棋院で誰と会って、何をしていたんだ!?」
「な、何だよ突然」
アキラの剣幕にヒカルはたじたじとなっている。
「答えろ!」
「……おまえに関係ないだろ」
その一言で完全に頭に来た。
「じゃあボクが答えてやる! きみは棋院で和谷と会って、セックスしたんだろう!」
どおりで自分の愛撫に敏感に反応するはずだ。情事のあとだったからだ。
「え〜と、だな……」
嘘をつけないヒカルを今ほど恨めしいと思ったことはない。
「きみは! 今日ボクの家に来るとわかっていながら、和谷としたのか!!」
「や、その、あー、ガマンできなくて、つい、な」
「つい!? へえ〜、つい、ね」
ヒカルは笑みを顔にはりつかせたまま硬直した。
自分は今、とても恐ろしい顔をしているのだろう。アキラは笑った。
だが口元は皮肉げに歪んでいた。
「それで、つい、棋院でしてしまった、と。そしてそれを緒方さんに見られたんだ?」
ヒカルが緒方を変に意識していることから推測できた。そしてそれは正しいようだった。
「見られてねえよ! 最中は、だけど……」
最中だろうと事後だろうと、そんなことはどうでもいい。
「そうか、それで緒方さんはきみにあんなふうに接していたのか」
「あんなふうに、って?」
「きみにいやらしく触っていたじゃないか!」
ヒカルはきょとんとしたが、すぐに何を勘ぐっているんだ、と言ってきた。
「むしろオレにちょっかい出しながら、おまえの反応を見てる感じがしたけど」
「何で緒方さんがボクの反応を見るんだ! いい加減なことを言うな!」
叫んでいるうちに、涙が目にあふれてきた。ヒカルがぎょっとしている。
「きみはボクの気持ちをわかっていない!」
アキラは吐き捨てた。ヒカルはわかっていない。本当に、何もわかっていない。
無邪気な顔をして、こんなにも簡単に自分を地の底へとたたきつけるのだ。
「そりゃあ、オレはおまえじゃないんだから、おまえの気持ちなんかわからないさ。でも
わかりたいと思う。だから、話してほしい。話せよ、塔矢」
うれしいはずの言葉も、今はただアキラを苦しめるだけだった。
「じゃあ、言わせてもらおう。きみはボクの気持ちなんて、どうでもいいんだね。今日、
よりにもよってボクの家に来る今日、どうして和谷としたんだ!? ボクが気付かないと
でも思ったのか? 気付いたボクがどんな気持ちになるか、考えもしなかったんだ?」
「塔矢……」
小さな声をあげ、ヒカルはすまなさそうな顔をした。
「謝罪の言葉なんて聞きたくないよ。きみは緒方さんでも気にしていればいいんだ。ボク
や和谷だけでなく、緒方さんまで欲しがるなんて、まったくきみは色情狂だよ」
口を尖らせて反論しようとしてきたヒカルを無視し、アキラはドアを開けた。



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