無題 第3部 32


(32)
心の片隅で、今更逃げたってどうなる、どうにもならないのに、という声が聞こえる。
だがそんな呟きに耳を塞ごうとしながら、アキラはエレベーターへ向かって走った。
だが、行ってしまったばかりのエレベーターは中々上がってこない。
その間に背後のドアが開いて、彼の名を呼ぶヒカルの声が聞こえた。
「クソッ!」
壁を強く叩いて、素早くあたりを見まわし、非常階段へ通じる扉を見つけた。
転びそうになりながらヒカルがアキラを追ってくる。
それから逃れようと、必死にアキラは階段を駆け降りた。
アキラにとってヒカルは、一番大切で大事なものだった。
一番大切にとっておきたいものだった。
あんまり大切で、自分の手で触れて壊してしまうのが怖いほどに。
それなのに。
それなのに、あんな所を見られて。
あんな声を聞かれて。
もう、彼の顔を見る事なんて出来ない、
彼の声を聞く事なんて出来ない。
知られてしまった。
こんな汚い、薄汚れた自分を。
誰よりも一番に、彼にだけは知られたくなかったのに。



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