金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 32


(32)
 ボクが冷たくしたから、追いかけてこようとしたんだ――――
アキラは咄嗟にそう思った。ただの思いこみだったかもしれない。金魚にそんな感情があるとは
思えない。
それでも自分にはそうとしか思えなかった。
 そっと蓋を開けた。白い綿が敷き詰められて、その真ん中に赤い小さな金魚がぽつんと
横になっていた。
 開かれたままの大きな目が悲しげで、責められているような気持ちになった。
「ごめんなさい…」
アキラは堪えきれず、とうとう泣いてしまった。

 庭の一番日当たりのいい場所に、小さな箱を埋めた。
「アキラさん…寂しかったら……」
母はそこまで言いかけて、口を噤んだ。みなまで言わないうちに、アキラが首を振ったからだ。
―――――だって、ボクの金魚はこの子だけだもん…他の子はいらない…
アキラは鼻をすすり上げて、箱の上に土をかけた。小さな白い箱はすぐに見えなくなってしまった。



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