失着点・展界編 32
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伊角はハッとしたようにヒカルを見た。そしてヒカルの母親が部屋を出て
階下へ降りきった頃合を見て、口を開いた。
「…ありがとう、進藤…。」
ヒカルの口から自然に和谷の名前が出た事が嬉しかったようだった。
「…和谷の様子は…?」
今となってはそちらの方がヒカルには気掛かりだった。
「あいつ、今日病院行ったよ。オレが付き添った。手の骨、2ケ所にヒビが
いってたって。…本当に、バカだよ、あいつ…。」
それを聞いてヒカルも目を閉じた。和谷の部屋の穴の開いた物入れの戸。
アキラとの事さえ守れればいいと思って後先考えずに自分がした事が
どんなに和谷を苦しめたか、今一度思い知らされた。
「…それで、進藤、実は和谷から伝言を預かって来たんだけど…。」
「あ、うん、…何だって?」
ヒカルは息を飲んだ。内容によっては、自分も囲碁を続ける事は出来ない。
「あいつ、ちゃんと囲碁やるって。戻って来るってさ。」
ヒカルは安堵の息をついた。それが一番聞きたかった。
「それで…実は…」
伊角の表情は固いままだった。ヒカルは不安げに伊角の言葉を待った。
「今度の大手合いが終わるまで、…その…、塔矢アキラと二人で会わない
ようにしてもらえるかな…。」
「え…?」
「今度の手合い、和谷の相手は塔矢なんだ…。」
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