金魚(仮)(痴漢電車 別バージョン) 32 - 33
(32)
ボクが冷たくしたから、追いかけてこようとしたんだ――――
アキラは咄嗟にそう思った。ただの思いこみだったかもしれない。金魚にそんな感情があるとは
思えない。
それでも自分にはそうとしか思えなかった。
そっと蓋を開けた。白い綿が敷き詰められて、その真ん中に赤い小さな金魚がぽつんと
横になっていた。
開かれたままの大きな目が悲しげで、責められているような気持ちになった。
「ごめんなさい…」
アキラは堪えきれず、とうとう泣いてしまった。
庭の一番日当たりのいい場所に、小さな箱を埋めた。
「アキラさん…寂しかったら……」
母はそこまで言いかけて、口を噤んだ。みなまで言わないうちに、アキラが首を振ったからだ。
―――――だって、ボクの金魚はこの子だけだもん…他の子はいらない…
アキラは鼻をすすり上げて、箱の上に土をかけた。小さな白い箱はすぐに見えなくなってしまった。
(33)
ああ、きっちりしっかり全部思い出してしまった――――
ヒラヒラ可愛いヒカルを見て、ヒラヒラ可愛い金魚を思い出す。小さいところ、元気なところ、
人なつっこいところ、全部重なる。恋にも似た甘酸っぱい感情まで全部全部。おまけに
あのころの自分のバカな独占欲――今もあんまり変わっていないが――まで思い出して、
がっくりと項垂れた。あの時、もう意地を張るのはやめようとあんなに誓ったのに………
『ボクは、全然成長してない…』
アキラは、まだグズグズと泣いているヒカルの方をチラリと見た。両手を膝の上に置いて、
スカートを握り締めている。顔は涙でぐしゃぐしゃだ。
薄暗い電灯の明かりの下でさえわかるくらい、額も頬も首筋まで真っ赤に染まっている。
それがまたあの時の金魚を連想させて、アキラは大きく溜息を吐いた。
その瞬間、ヒカルが弾かれたように顔を上げ、キッとアキラを睨み付けた。
「バカ…バカ…なんで…いつもそんな目で見るんだよ…いっつもそうやって、溜息吐いて…」
ヒカルはしゃくり上げた。
「いつもそうやって…オレが悪いみたいに…」
「え…?いや…ボクは別に…」
アキラの言葉はヒカルの耳に届いていない。ヒカルは涙をポロポロと零しながら、途切れ途切れに
話し続ける。
「オマエがそんなだから…オレは…自分が…悪いみたいな気分になって…」
「オレが男で悪いみたいに…………」
「オレは…自分が…女だったらとか…思ってなかったのに……」
「オマエが…オレを…責め…るみたいに…見るから……だから…」
アキラは頭の中が真っ白になってしまった。
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